約 1,541,053 件
https://w.atwiki.jp/kiyotaka/pages/19.html
盛夏の始まり ~YELLOW~ 7月も後半に差し掛かり、昼になるにつれて気温がどんどん上がる季節となってきていた。朝から気温は20度を超え ている日もしばしばあり、半そでで外を出ないと辛い。 もちろん、制服も夏服だ。女子は半袖の白いセーラー服だが、イエローは違った。なぜか、男子制服の半袖カッター シャツを着ているのだ。下は黒い長ズボン。 これはくせなのでしょうがない。グリーンに色々と言われる時もあるが、どうもスカートは自分に似合わないような気が するのだ。 だから、周りに何を言われようが気にしないようにしていた。 自分の服装を見ながら、イエローは3年B組の自分の席にて色々と考え込んでいた。 今はもう放課後になりつつある。6時間目の授業が終わり、今からクラブが始まるはずなのだが・・・・ 今日は行く気がしない。いや、もちろん行くのだが、どうもそれ以上に気になる事が多すぎるのだ。 今日は、驚くことが多かった。 そう、あまりも多かったのだ。自分がこれまでの人生の中で経験してきた中でも、かなり多さで、「今日は何かあるん だろうか・・・・?」と思わずにはいられなかった。 第一に、 「え?今日はゴールドさんの誕生日だったんですか?」 「はあ、はあ、・・・そ、そうなんです・・・・・」 今日の朝。久しぶりに朝練に顔を出し、ちょっとしたウォーミングアップをしていると、学園に着いたばかりらしいクリス が話し掛けてきたのだ。 内容は、7月24日の今日がゴールドの誕生日だということ。 この話はかなり驚いた。すっかり忘れていたのだ。 だから、それをクリスに正直に「どうしましょう・・・プレゼントとか買ってませんね」と言った。 すると、 「それならちょうど良かった。今日の部活の後に私の家でパーティをしたらどうかな?と思ってて・・・・・イエローさんも 協力してくれませんか?」 最初、この話を聞いた時はかなりありがたかった。ゴールドのプレゼントを買うには時間が無く、このままでは何もお 祝いができなくなってしまうと思っていたからだ。やはり、友達の誕生日はちゃんと祝いたいもの。 しかし、そう言われて疑問が浮かんだ。 パーティをするのなら普通、誕生日の人の家で行うはず・・・・それがどうしてクリスの家で? イエローはその疑問を、躊躇なくクリスにぶつけてみた。 「・・・・・・どうしてクリスさんの家で?」 だが、クリスはその言葉を聞くと一瞬にして顔を赤くして「え、いや、その・・・・・ママが・・・その・・・・」としどろもどろに 答えるだけだった。 途切れ途切れに出される言葉を理解することはできず、唯一はっきり聞こえた「ママ?」という単語を聞き返してみ た。 だが、クリスはそれを聞いて一層に顔を赤くし、 「と、とにかく!私の家ですることになったんです!協力してくれますか!?」 と、誤魔化すように言葉を一気に吐いたので、イエローは驚きつつも「も、もちろんです」と、答えた。 クリスはそれを聞くと、明らかにほっとした様子で「あ、ありがとうございます!」と言った。そして今後の予定を伝える と、さっさと校舎の中に入っていった。 だが、慌てたそんなクリスを見てますます疑問が高まったのだ。 「どうして・・・・・?」 その時は、そう呟く事しかできなかった。 まあ、これはまだいい。クリスが、ゴールドを本気で祝いたいと思っていると結論づければ、まだ疑問は湧かない。 次に驚いた事は・・・・ 「あれ?ジェルさんがまだ来てないみたい・・」 朝練を終えて教室に戻ると、ジェルブがまだ教室にいなかった。 その時の時間は、もうすでに始業2分前だった。 いくらレッドに遅刻が多くても、やはりちゃんと始業前に着くべきなのだが・・・・その時、彼の姿は教室の何処にもい なかった。 「遅刻かな・・・?」 その時はそう思っていたものの、遅刻はありえないものだ。ジェルブは、あの転校初日の遅刻を除いて1回も始業ベ ルに遅れた事がない。いつも自分が教室に来ると、すでに椅子に座っているのが常だった。 ――う~ん、それとも風邪かな?―- イエローはそう推測したが、その答えは出される事は無かった。 ジェルブは結局1度も学校に姿を現していないのだ。 これもまあ、風邪だと思えばまだ結論づけられる。ジェルブが風邪を引くなんてほとんどありえないと思うが、彼だって 人間だ。風邪だって引くだろう。 ただ、次の問題は明らかに結論が出ない。 朝の始業ベルちょうど。 ジェルブが来ていない事を疑問に思いながら、その時は自分の席に座っていた。 そして、HRの時間に入る。レッドは遅刻魔。絶対にHRに間に合わない、と教室の誰もがそう心の中で思っていた。 自分もその内の1人だ。 だが予想に反して、教室のドアが開いた。 「はいはい、席につきなさい」 ――あれ?―― が、教室に入ってきたのは保険医のナナミだったのだ。 周りから「おいおい、レッド先生は?」「HRじゃないの?」という声が聞こえていた。 イエローも思った。レッドはどうしたのだろうか?と。 周りが騒いでいる中、ナナミが黒板の前でHRを始める。 「今日、レッド先生は諸事情によりお休みです。そのため、今日のHRは私がすることになりました」 「どうしてレッド先生は休みなんですか?」 ある生徒がナナミに質問する。 しかし、ナナミはただ「さあ・・・私もその辺は知らないのよ・・・・」と言うだけで、詳しい事は何も話さなかった。というよ り、本当に知らなさそうだったのだ。 「それでは、HRをはじめます。まず始めに―――――」 ナナミがHRでの連絡を始めていたが、その時はそんなことを聞いていられず、ただレッドが休んだ理由を机の上で考 えていた。 ――風邪・・・かな?だけど、レッド先生はここ数年風邪なんか引いてないって言ってたし・・・―― レッドはかなり丈夫な方で、風邪はおろか、腹痛を起こしている所も見たことは無かった。 よって、風邪というのは十中八九ありえない。だいたい風邪なら風邪だとレッドが学園に連絡するはずだ。 なら何か? 諸事情ということは、やはり何か大事な用事なのだろう。しかしそれが分からない。 誰か知り合いが急死して、その人の葬式だとか? ――ん?あれ?この感じ、前にもあったような・・・―― そこまで考えて、何か既視感のようなものを覚えた。ずっと前にもこんなことを考えていたような気がするのだ。 必死になってその既視感を記憶の中から引きずり起こそうと、頭を抱えた。 ――う~ん?―― そして、記憶の引き出しから出てきたのは・・ ――・・・そうだ!去年のこの日だ!―― それは確かな記憶。 去年の7月24日も、ゴールドのプレゼントを何にしようかを考えつつ、レッドの休んだ理由を推測していた記憶がある のだ。 よく思い出してみると、それは1年生――つまり2年前もそうだった気がした。 ――う~ん・・・いったい・・・・?―― いくら考えても、その答えは出ないままだった。 その答えは、放課後となった今でも出ていない。 レッドが何故休んだのか・・・・・やはり分からない。明日にでも聞いてみようか、と思っている。 だが1年前の自分も、同じ様に不思議に思って聞いているはずだ。なのに知らないということは・・・レッドは、この日 に何か隠したい出来事でもあるのだろうか・・・? ※ これら3つの気になる事が、放課後となった今でも頭に残っている。 ――・・・・・はぁ~・・なんで、今日はこんなに気になる事が多いんだろう・・―― イエローはそう思って、机の上に寝そべった。 周りにはもう誰一人いなかった。授業が終わってからかなり時間が経っており、皆、部活に行ったり帰宅していたりな のだろう。 ――・・・・もう、行こう―― こうやって考えていてもしょうがない。もう、身体を動かして全てを忘れよう。 そう思ったイエローは、椅子から立ち上がり、灰色のカバンを持った。 部活・・ 気になる事を吹き飛ばそうと、イエローは部活を頑張った。 だが、それ以上に今日の部活は結構ハードだった。やっと部活が終わった今、周りのみんなはもちろん、イエローで さえ倒れそうなほどに疲れていた。 その理由だが・・・ 「それでは、これで今日の部活は終わる。各自気を付けて帰るように」 グリーンが今日の練習の指示を出していた、からだった。 ただアドバイスをしているだけのレッドと違い、グリーンは自分で練習の指示を出すのが常だ。 その練習内容は普段のトレーニングの数倍。 しかも、今は期末テストが終わったばかりなので、部員達の体もなまっている。そのせいでいつもの何十倍の練習を したような気分を、イエローを含めた部員達は感じていた。 「イエローさん・・・・とりあえず片付けましょう・・・」 「そ、そうですね・・・」 身体が重いが、イエローは部活の後片付けを始めようクリスと歩き出した。 部活の後片付けは当番制で、今日の当番はイエローとクリス、シルバー、そしてゴールドの4人だった。 視界の端に、疲れた顔をしながら荷物を運ぶゴールドとシルバーが見えた。 それを見たイエローは、とりあえず片道具を部室に持って行くことにした。 「お、重い・・・・」 ダンボールがかなり重い。練習用具が詰まっているのでしょうがないものの、これを1人で運べというのはかなり酷な 作業だった。 だが、イエローは我慢して運んでいく。 そして、やっと部室までついた。 「だあ~!疲れたぜ~!」 ドス!という音を立てながら、ゴールドがダンボールの上に座り込んだ。ポケバト部の部室は、普段生徒が使う部屋 と物置部屋の2つに分かれている。荷物は物置部屋に入れるので、イエロー達は物置部屋の中にいる。物置部屋は 多くの道具とダンボールで敷き詰められていて、ゴールドはその内の1つに座り込んだのだ。 だが、使っていないダンボールには埃が溜まっている。 ゴールドが座ったダンボールも例外ではなく、座った途端に多くの埃が舞い上がった。 「ゴールドさん・・・・そこ、埃多いですよ」 「ん?まあ、気にすんな。よくあることだ」 よくあることなんだろうか、と思ったが、とりあえずゴールドのことは気にしないことにした。 イエローは、持って来たダンボールを物置部屋に置いた。 そして、床に置いたダンボールを壁にピタリとくっつくように引きずり寄せた。 これで仕事は完了。 やっと帰れる、とイエローはほっとした。 と、 「ん?なんだぁ、こりゃ?」 背中からゴールドの変な声が聞こえた。イエローはゆっくりと振り向く。 「あれ?ゴールド、何それ?」 他の部屋で道具の整理をしていたクリスが、ゴールドの声が聞こえたのだろうか、物置部屋に入ってきた。 イエローは、クリスに続いてゴールドの手の中を見てみた。 ゴールドが持っていたのは、1冊の本。 表紙にタイトルがあるはずなのだが、こすれて消えているらしく、見ただけでは何の本なのかまったく分からなかっ た。 ゴールドが本を掲げながら、クリスの問に答えた。 「さあ?俺が座ってたダンボールの下に挟まってた」 「何かの本かしら・・・?」 「ん~、よし!見てみるか。」 不思議そうな声を出しているクリスの横で、ゴールドが本についている埃を払ってゆっくりと本に手を掛けた。 そして、本のページがめくられる。 その本の中身は・・・ 「何かのアルバム・・・?」 クリスは、中身を見た瞬間に呟いた。 イエローも、その中身を見てみる。 本の中身は、人とポケモンが一緒に写っている写真と、色々なことが書かれている文が1ページごとに載っているだ けで、何か特別な本でもなさそうだった。 ただ、写真に写っている人物は皆笑った顔をしている。ポケモンもまた同じだ。 何故かとても嬉しそうだった。 「・・・・ポケモンリーグの優勝者のようだな」 「わあ!シルバー!」 いきなり横から聞こえた声にびっくりしたゴールドが、大声をあげた。 横にいたのはシルバー。本の中身を覗きこんでいた。 だがシルバーは、ゴールドの驚きように怪訝そうな顔をしていた。 「なんだ・・・何故そんなに驚く」 「いや、さっきまでいなかったのにいきなり出てこられちゃ、誰だって驚くって」 「ふん・・」 シルバーがゴールドの言葉に腹を立てたのか、それ以上は何も喋らず、物置部屋を出て行った。 しばらくの間、ゴールドはシルバーが出て行ったのを見ていたが、すぐに本の方に目を移す。 「それにしても・・これって結構最近のですよ・・・」 イエローが本の中身を見ながら言った。 中に書いてあるものはかなり最近のデータばかりで、去年の優勝者のデータも載っていた。 「ふーん」 ゴールドはどんどんとページをめくっていった。 それぞれ、2年前、3年前、4年前と、誰だか知らない優勝者の写真を見ていく。 「ん?」 と、ゴールドが手を止めた。開いているページは、5年前の優勝者が載ってある所。 「なあ、これってレッド先生に似てなくねえ?」 「どれどれ?」 ゴールドとクリスが、写真の人物をまじまじと見つめた。イエローも同じ様に見てみる。 だが、その写真はちょうど顔のところだけが破れていて、正確に誰かまでは分からなかった。 「う~ん・・・顔がよく分らないわね・・」 「だけどさ、ほら髪型とか服装とか・・・・・なんか似てる気がするぜ?」 クリスがそれに「そうね・・」と呟いた。 確かに、帽子を被って髪を少し立たせている様子や、服装の感じなどがかなり似ている。これで、破れている顔のと ころにレッドの顔を入れれば、間違いなくレッドになるだろう。 だが、イエローは気が付いていた。間違いなくレッドと違う所を。 「ゴールドさん・・クリスさん・・・・・名前が違いますよ」 え!?という様子で、2人は写真の下に書いてある名前を見た。 そこには「RED」という名前ではなく、「RAINBOW」という文字の羅列が書いてあった。 「レインボー・・・・?」 クリスがその名前を読んだ。 「・・・・・違うみてえだな。」 優勝者がレッドでなかった事に落胆したらしいゴールドは、溜息をついて、本をダンボールの上に乗せた。そしてその まま立ち上がり、部屋の中から出て行く。 クリスもそれについて行くような形で、部屋を去っていた。 ――・・・・・・・―― だが、イエローはそれについて行かなかった。ダンボールの上に乗ってある本を手にとり、さっきのページを開いてみ る。 ――確かに似てるけど・・・―― 5年前のリーグ優勝者・・・・ 立ち姿、髪型、服装・・どれをとってもレッドに瓜二つだ。そのレッド似の男――――本によるとレインボーらしい―― ――の足元には、ピカチュウが1匹、とても嬉しそうな表情で立っている。 しかし、やはり名前はレッドではなかった。 ――・・・・・名前も違うし・・・・・・ただのそっくりさんかな―― イエローはそこまで考えて、本を本棚に置き、部屋を出て行った。 イエローの日記・・ 7月24日 木曜日 晴れ 今日はゴールドさんの誕生日です!パチパチパチ! クリスの家でパーティを開きました。 クリスさんのお母さんは、かなり服装とか、容姿とかすごく若々しくて、母親とは思えなかったなあ・・・・なぜか語尾 に、「ぴょん」ってつけるけど・・・・ パーティの方は凄く楽しかった。 私とクリスさんはもちろん、シルバーさん、アカネさん、それにグリーン先生やブルー先生まで! みんなで、ゴールドさんにプレゼントあげたり、色々なゲームをしたりと楽しかったなあ。 あ!結局、私のプレゼントは私が作ったケーキということになっちゃた。それでもいいよね? みんなのプレゼントは・・・・・まあ、ここに書くと長くなるので書かないでおこうかな・・ あ!だけど、クリスさんはすごかったよ~なんと、モンスターボール一式!(高いんだよねえ。)ゴールドさん、とっても 嬉しそうに、「ありがとよ!クリス!」って言ってた。 あの2人は絶対、いい仲になると思うなあ・・ それでは、これで終わりましょう。(何かこの頃、これって日記って言わなくなってきたような・・・・) 明日もいい事がありますように。
https://w.atwiki.jp/kiyotaka/pages/37.html
第24話 夏祭り 後編 イエロー・・ 空が暗くなってきた。 夜の7時を越えた今の時刻は、太陽が沈みかけという時機らしく、さきほどまで青かった空がだんだんとオレンジ色 から灰色になっていった。今は木が邪魔をして見えないが、おそらく西の空には鮮やかな夕焼けが広がっていること だろう。夕焼けはいつ見ても綺麗だと思う。それがクラブ帰りで疲れている時や、生徒会で疲れた時や、買い物をして いる時や、遊んでいる時など・・・どんな状況・場所で見たとしても、それは感じられる。 イエローは、ポイとおわんがなくなって空になったダンボールをたたみながら、そんな空を仰ぎ見ていた。 祭りは、もう始まって久しい。広大な敷地を持つ緑地公園の中に、所狭しと夜店が立っている姿はとても壮観で、1 度バタフリーで空を飛んでみて、それが実感できた。 ぼんぼりや街灯、電球が薄暗い中に光っている景色は、100万ドルの夜景とは言えないが、1万ドルはありそうな 気がした。 綺麗だったなあ・・・ ダンボール箱を整理しながら、その時の景色を思い出していたイエローは、にやつき顔をこらえながら、素直にそう 思っていた。 「イエロー、新しいダンボール取ってくれ」 「あ、はい」 ヨシアキから声をかけられ、イエローは新しいダンボール箱を持ち上げた。その中には、金魚すくいに必要な道具が いっぱいに詰まっている。 ――お、重い―― ひとつひとつの道具が軽くても、それが500個以上入っていると結構な重さになる。 腕が抜けそうになるのを必死に押さえながら、イエローはそれをなんとか屋台のそばまで運んでいった。 「お、そこに置いといてくれ」 ヨシアキの指定した場所にダンボールを置くと、イエローはダンボールの蓋を開けた。こうすればヨシアキが取りや すくなるだろう、という心遣いのつもりだった。 イエローは指示された仕事が終わると、ふと屋台の前に群がる、たくさんのお客さんを眺めてみた。 金魚すくいなのに、結構なお客さんが屋台の前に集まってきている。年齢の層もさまざまで、5歳位の小さい子供 いれば、学生ぐらいのカップル、そして老人までも。 皆、水の中にいる金魚を楽しそうに狙っている。 楽しそうだなあ・・・・ そんなことを考え出しそうになった頭に気付き、イエローは頭を振ってそこから視線を外した。まだ今も仕事中だ。す ぐに先程いた場所に戻って、残っている仕事をやらなければならない。 しかし、元の場所に戻ろうとすると、人ごみの中に視線が止まった。 ――・・・レッド先生だ・・―― 人ごみの間、結構遠くだが、そこには手を拝み合わせて、何か頼み込んでいるレッドの姿があった。 いったい、何をしているのだろう?と思いながら、少しの間静止して眺めてみると、今度はレッドの目の前に、ブルー とグリーンの姿が見えた。どうやら、レッドが頼み込んでいる相手とはグリーンとブルーらしかった。 それを見て、イエローは少し笑ってしまった。レッドが何に頼み込んでいるか、なんとなく分かったからだ。 それは、ブルーの手に、からあげが入っている紙コップがあるのを見れば、簡単に推測できる。 ――お金持ってきてない、ってレッド先生言ってたもんなあ・・・―― お金を持ってきていないのなら、屋台で何かを買う事もできない。今はちょうど晩御飯時なので、レッドもお腹が空い ているのだろう。しかしお金がないので、ブルーに頼み込んで、なんとかしてからあげを貰おうとしているのだ。なんて レッドらしいことだろうか。 しかし・・・ ――・・・・だけど、レッド先生がそんなことをするのも私のせいなんだ・・・・・―― 祭りに来るという行為は、レッドにとっては渋々、仕方の無いことなのだ。本人は否定しているもの、そうに違いな い。 そしてその原因は、自分が緑地公園に到着した時、自分のドードリオがレッドの自転車を壊してしまったことにある のだ。故意ではないにしろ、レッドの自転車を修理不可能なまでに壊してしまった。ここからレッドの家があるマサラタ ウンまでは、歩いてだと2時間以上はかかってしまい、しかも、レッドは今日プテラを持っていない・・・・ そうしてレッドは家に帰れなくなってしまい、しかも、トレーニング目的で来たらしいので、お金も持っていない。だか ら、あんな風に人に頼まなければならないのだ。 「・・はぁ・・」 イエローは、自分がした事に対して、とても深い溜息をついた。 またしても、レッドに迷惑をかけてしまった。合宿の時に多大な迷惑をかけたのに、今もまた。しかも、今回は実害 まで及ぼしてしまったのだ。 もちろん、レッドには謝った。地面に頭がつきそうなぐらいにまで頭を下げた。自転車も、何回かに分けてちゃんと弁 償すると約束した。 しかし、それでも罪悪感は消えない。胸の中に黒々と潜んでいるそれは、自分の身体を蝕んでいく。 ――・・・だめすぎるよ・・わたし・・・―― 涙が出そうになっていた。 「あ!イエローさん!」 急に後ろから声をかけられた。名前も呼ばれて、しかもその声に聞き覚えがある。 イエローは、目尻から出そうになっている涙を袖で拭き取り、後ろを振り向く。 するとそこには、綺麗な赤色の浴衣を着て笑みを浮かべているクリスと、どこかを見つめて立ち止まっているゴールド と、仏頂面なシルバーがいた。 「みんな・・・・・どうしてここに・・」 「どうしてって・・・・俺らが祭りに来ちゃ、だめなのかよ?」 「あ、そうか・・」 ゴールドの言葉でイエローは気が付いた。この公園は今祭りをやっていて、3人はその祭りに来ているだけなの だ。当たり前のことに、今さら気付いてしまった。 イエローは、はにかみながら話を続ける。 「みなさんも来てたんですね」 「ここのお祭りは、毎年来てますから。イエローさんはここで何を?」 「私はこのお店でアルバイトをしているんです。おじさんの店なので」 クリスに軽くアルバイトの経緯を話していると、ふと横から声が聞こえてきた。シルバーとゴールドの声だ。 「俺は、もうやらない・・・・」 「いいじゃねえか、シルバー。だいたい、お前は俺と勝負してる途中だろうが。あん時もかたがつかなかったし、いい 所にこれがあるしな」 勝負とは何のことだろうか? クリスと喋りつつ、そう思って2人の方をちらりと見てみると、ゴールドがシルバーの手を引っ張って、金魚すくいの 屋台へと近寄っている姿があった。シルバーはかなり嫌そうにしているが、無理に振り払おうとはしていない。 いったい、何をしようとしているのだろうか? イエローは思い切ってクリスに尋ねてみる事にした。 「・・クリスさん・・・・2人はいったい・・?」 「え?ああ・・・ゴールドとシルバーは、2日ぐらい前にポケモンバトルをしたんです。だけど、途中で雨が降ってしまっ て勝負がつかなくなって、今日のお祭りで勝負しようってことになった、というわけです。シルバーは嫌がってましたけ ど」 「勝負?」 「ほら、始まりますよ」 クリスに促されて、イエローは金魚すくいの屋台に目を向けた。 「おっちゃん!俺とこいつで2回ね!」 「お!お前達はイエローの友達か?がんばれよ~」 ゴールドとシルバーは、ヨシアキからそれぞれ1つずつポイを貰っていた。それは明らかに今から金魚すくいをやる つもりに見える。 イエローは驚いて、再びクリスの方に振り返った。 「もしかして・・・勝負って・・」 「ええ、そうです。あれが勝負ですよ」 金魚すくいが? 不思議に思いながら見ていると、ゴールドとシルバーがそれぞれ金魚が泳いでいる水槽の傍に座った。ゴールドは とても真剣そうな顔だ。(もう1人はそうでもないが) 「おりゃ!」 ゴールドが声をあげながら、勢いよくポイを水につけた。そして一瞬後、彼が手に持つおわんの中には、金魚が1匹 入れられていた。 「へえ~やるねえ、あんた」 「へへ!これでも色んな祭りで鍛えたからな!」 ヨシアキの誉める言葉に、ゴールドは自信満々に答えた。腕を組み、胸を張っている。どうやら、かなり金魚すくいに は自信があるようだ。 一方シルバーは、水槽の中をじっと見つめたまま動かない。何をしているのかよく分からなかったが、彼の目が水 槽の中をせわしなく動いているのに気が付いた、どうやら金魚の動きを見ているようだった。 「・・・・・・・」 シルバーは、まったく動こうとしない。横では、ゴールドが大きい動作で金魚を取っているのに対し、その動きはあ まりに対照的だった。 と、ふと、シルバーの口が動いた。 「水面に対する入射角は、入れる時は40度・・・出す時は20度・・・・・」 ブツブツと何かを呟いている。おそらく金魚すくいに関しての内容なのだろうが、シルバーが何故こんなことを知って いるのだろうか?と、イエローは少し疑問を覚えた。 数分間、シルバーの挙動を見つめてみた。 「・・・・・これだ」 シルバーの手が動いた。 だが、あまりにも彼の手の動きが速かったため、どのような動きをしたのかまったく分からなかった。凄いスピード だ。 そして、瞬く間に、シルバーのおわんの中に2匹の金魚が入れられた。しかも、ポイはまったく破けていない。完璧 な動作だった。 一方隣のゴールドは、数こそ集めてきているし、動きもダイナミックだが、彼が使っているポイはすでに半分ぐらい破 れていた。無駄な動きが多すぎるのだろう。 イエローはそこまでの状況を見て、絶対にシルバーが勝つ、と判断した。2人の技術の差は明らかだ。だんとつで シルバーの能力の方が高い。 しかし、 ――シルバーさんって・・・・よく分からないなあ・・・―― イエローはシルバーのことが良く分からなくなってきていた。先程までまったくやる気を示していなかったシルバー なのに、今は水槽の中を物凄い集中力で見つめ続けている。こんな遊びなんてやりそうに無い彼が、何故、達人級 の技術を持っているのか・・・まったく分からない。 どうもシルバーは内面が掴みにくかった。 「だあ~!また俺の負けかよ!」 「・・・・・ふう・・・」 どうやら決着がついたようだ。 2人のおわんの中には、ゴールドは5匹、シルバーは7匹の金魚が入っていた。しかも、ゴールドのポイが完全に破 れているのに対し、シルバーの物はまだ全ては破けていない。明らかにシルバーの完全勝利だ。 ゴールドは、フレームだけとなってしまったポイを、乱暴な動作でヨシアキに突き返した。子供みたいに地団駄を踏 み、「くそ~!!」と叫んで負けたことを悔しがっている。 シルバーもポイをヨシアキに返した。まだ完全に破けていないのに返している。これ以上やっても無駄、とでも思っ ているのだろう。 そこまで見ると、横にいたクリスが口を開いた。 「またシルバーの勝ち。これでゴールドは3戦全敗ね」 「他にもやってたんですか?」 「ええ。この前には、輪投げとくじ引きをやりました。輪投げは、ゴールドが何も取れなくて、シルバーはクマの人形 を。くじ引きは、ゴールドがスーパーボールに対して、シルバーが車のプラモデルを。2つ共、シルバーの勝ちでした」 イエローはそれを聞いて素直に驚いた。シルバーは輪投げの技術もあり、運もいいのか。 しかし、シルバーがそこまでお祭り男とは・・・なんだか意外だった。 ゴールドとシルバーが金魚の屋台から戻ってきた。ゴールドの手には、1匹の金魚が入ったビニール袋がある。そ れに対して、シルバーは何も持っていない。おそらく持ち帰りを断ったのだろう。 「また負けちまったぜ・・・」 ゴールドが、悔しい、という思いを一杯にした言葉を呟いた。表情も暗い。 「・・・・・これでいいだろう。もう俺はたくさんだ・・・・」 シルバーがうんざり、といった顔で言う。しかし、言葉と裏腹に、何故あんなにも金魚すくいが上手なのだろうか? 「嫌だ!まだ俺が勝ってねえ!」 「・・・・はあ・・・・」 ゴールドが駄々っ子のように我儘を言うと、シルバーはこれ見よがしに溜息をついた。その溜息の種類は、イエロー にも理解できた。おそらく、もうやっても無駄だ、とでも言いたいのだろう。シルバーは、他のどんなものでも勝ってしま うに違いない。だからゴールドがいくら勝負を挑んだとしても、結局はシルバーの勝利という結果になるのだ。 それはゴールドも薄々気付いているはずなのに・・・・彼に残っているのは、少しプライドと、シルバーに負けたくない という気持ちなのだろう。 「それじゃあ・・・・次はどうするの?ゴールド」 「う~ん・・・・・・」 クリスの問いに、ゴールドは腕を組んで周りを見渡し始めた。何か勝負できるものを探しているのだろう。その横で は、シルバーが嫌そうな顔をしているが、ゴールドはそんなことなど気にしていないようだ。 ある程度周りを見渡していたゴールドだったが、突然、「あ!」と声をあげて、ある方向に指を指した。 イエローはそれにつられて、その方向を見てみる。するとそこには、こちらに近づきつつあるジェルブの姿があった。 イエローはさっそく彼に声をかける。 「ジェルさん」 「よう、イエロー。そしてその他の面々達♪」 人ごみを掻き分けて目の前まで来たジェルブは、イエロー達に挨拶をし、他のメンバーにも一応声をかけた。 そのジェルブの挨拶に1番に反応したのはゴールドで、「他の面々達」というのに不満を持ったらしく、「おまけみたい に言うな!」と声を荒げる。 しかし、ジェルブは悪びれもしないような笑顔を返すだけだった。 「みなさん、おそろいで。どうしたんだ?難しい顔してるけど」 「いえ、ちょっと・・・・・」 イエローはことの経緯を話し始めた。要点だけを掴めるように、なるべく少ない言葉で説明する。ジェルブはそれを、 うんうん、と頷きを返しながら聞いていた。 そして話し終えた時、ジェルブが最初に見せた表情は、面白いものを見つけたという種類の、満面の笑顔だった。 「よし、それじゃあいいものがある。俺についてきてくれ」 ジェルブはそう言って、緑地公園の内側に向かう道を歩き始めた。もちろん、人で賑わっているで、それを掻き分け ながら。 ゴールド、シルバー、クリスは、不思議に思いながらも、彼についていく事にしたらしい。そのままジェルブの後を歩 いていった。 しかし、イエローは行けなかった。今はこの金魚すくいの屋台のバイト中なのだ。ここを放り出して、他の所に行くわ けにはいかない。もちろん勝負の行く末は気になるが、仕事に私情を挟んではいけない。 そうして、イエローは4人を見送ろうとしていた。 と、 「行ってこいよ、イエロー」 「おじさん・・・!」 店でお客の相手をしていたヨシアキが、急にこちらを向き、微笑みながら言った。 しかも、一緒に行ってこいと言っている。 ヨシアキは、自分が友達と一緒に行きたいであろう心情を察してくれたようだった。彼らしい優しさにイエローは驚き つつも、それに甘えようかと一瞬思った。 が、やはりこれは仕事だ。正式で、お金を貰う。だからここで甘えてはいけないのだ。 「だけど・・・・やっぱり、仕事中ですし、行けませんよ・・」 そう言って、最初はヨシアキの好意を遠慮しておいた。 しかし、 「気にすんな。少しぐらいならお前がいなくても何とかなる。お前だって、あの2人がどうなるか、気になるんだろ?」 ヨシアキはやはり微笑みながら、そう言った。 ここまでされると、断るのも失礼なものだった。 イエローは、迷いながらもヨシアキの好意に受ける事にした。仕事は、2人の勝負の結果がどうなるかを確認した後、 すぐに戻ってくれば、席を外していた分は取り戻せるはず。 それに、何かをたくらんでいそうなジェルブの微笑みが、どうしても気になってしかたがない。ここは・・・ヨシアキの 行為に甘えよう。 すみません、と言いながら、イエローは首にかけていたタオルを取り、人ごみの中に入っていった。 ヨシアキは微笑みながら自分を見ていた。 ※ 道に出ると、ほとんど身動きができない状態だった。周りには、人、人、人ばかりで、少しでも無理をすると、見ず知 らずの人の足を踏んでしまいそうになってしまう。おそらく、満員電車などはこんな風なのだろう。 しかし、イエローはそれでも先に行った4人を追いかけようと、精一杯の速さで歩いていた。もしかしたら、もうゴール ドとシルバーの勝負が始まっているかもしれない。どこで何をやるのかさっぱり分からないが、あの勝負を見逃すと 後々後悔しそうだ。 と、ふと、人ごみの間から、ジェルブの特徴ある長髪ともう1つ、赤い帽子が見えた。遠くからでも分かる。あれはレ ッドの帽子だ。 ――合流したのかな・・?―― イエローはそう思いながら、歩き続けた。人と人との間からしか見ることができないので確信はできないが、おそら く、ゴールド達の団体とレッド達の団体がそれぞれ偶然合流したのだと思われた。この広い緑地公園で知り合いに出 会える事なんて珍しい。 彼らがいた距離までは、そんなに遠くない。 まだ追いつけそうだった。 レッド・・ 「で・・・・・・ここで決着をつけよう、ってことか・・・」 「そういうことっス!レッド先生!」 祭りの会場を徘徊している中、ブルーとグリーンに遭遇したレッドは、その後、今度はゴールド達と出会っていた。 ジェルブ、ゴールド、シルバー、クリスといった面々が、なぜか真剣な面持ちで歩いていたのだ。 そして、彼らと合流し、色々と話を聞いていたのだが・・・・・ゴールドたちの「勝負」の話を聞いた時、レッドは、おもし ろい、と思った。 なぜなら、今目の前にある屋台が「射的」と書いてあるからだ。 ゴールド達が勝負するのは『射的』。見ているだけでも充分面白そうだが、どうせなら・・・ 「よし・・・・・俺もやるぞ!」 参加する事にした。 「ええ!?」(クリス) 「レッド、何考えてんのよ・・・・」(ブルー) 「お前はもう、射的をするような子供では・・・」(グリーン) 「これは俺とシルバーの勝負っスから・・・」(ゴールド) 「・・・・」(シルバー) 「ふ~ん・・・」(ジェルブ) 自分の言葉を聞いた周りは、十人十色な反応を返していた。 レッドは、その反応のほとんどが否定の言葉なのに、少し不満をもった。 「なんだよ・・・・いいじゃん。あ、それとグリーン、金貸してくれよ?俺財布持ってねえし」 「お前なあ・・・・」 「あの・・・レッド先生・・」 急に、後ろから女の声で呼びかけられた。振り向くと、そこには金魚すくいの屋台でアルバイトしていたはずのイエ ローがいた。息を切らし、少しかがんで疲れた様子を見せていた。 「イエロー・・・どうしたんだ?バイトは?」 「アルバイトは、少し休憩を貰いました。それよりも・・・・これを・・・」 そう言ってイエローは手のひらを差し出してきた。その上には、500円玉が1枚・・・・ どうやら、これを使えと言っているらしい。 しかし、さすがに生徒にお金を借りるわけにはいかないと、レッドは思った。 「い、いや、お前に貸してもらうのはさすがに・・・・」 「レッド先生がお金を持ってきていないのは私のせいですから・・・・返すのはいつでもいいですよ?」 やはりイエローは責任感が強いな、とレッドは思った。 確かに、自転車を壊されたから自分は家に帰れないのだし、お金を持っていないのもそれに繋がるかもしれない。 だが、別に自転車を壊された事は不可抗力なのだから、イエローはそれほど気にしなくていいのだ。なのに、彼女は ここまでする。 ――・・・・・・さすがイエロー、って感じだな・・・―― イエローの性格を考えれば、当然なのかもしれない。責任感があるからこそ、ポケバト部の部長が務まるのであり、 生徒会の会長が務まるのだろう。 そんなイエローを微笑ましく思いながら、レッドは、彼女の好意を受け取る事に決めた。もちろん、お金は後日、礼と 共にちゃんと返すつもりだ。 「それじゃあ・・・・借りとくな。絶対返すから」 レッドはそう言って、イエローから500円玉を受け取った。 そして、今一度、ゴールド達の方を向いた。これで射的ができる。 「これでいいだろ?」 ゴールドを見て、そう言ってみた。 するとゴールドは、溜息をつきながら答える。 「しょうがないっスね・・・・・レッド先生も入れてやりますか・・・」 「俺もやっていいか?」 突然そんな事を言い出したのは、ジェルブだった。今まで自分達の話を静観していたジェルブだったが、ここにきて 急に口を開いた。しかも、それは自分も加わるという内容のもの。 「な、いいだろ?」 ジェルブがゴールドに乞うようにして言う。 「・・・・レッド先生も入るし・・・・・もう誰が入っても、変わらない・・・よな?」 ゴールドが、何故か周りに向かってそう言うと、レッドとジェルブ以外の全員が、戸惑いながら頷いた。 それで決めたのか、ゴールドはジェルブの参加も許可した。 「兄ちゃん達・・・・・・やるなら早くやってくれねえか?」 今まで、ずっと屋台の前で喋っていたためか、店の店主が青筋を立てていた。 結局、射的をすることになったのは、ゴールド、シルバー、レッド、ジェルブの4人。だれが勝つかは分からないが、 レッドは楽しげに、店主から銃を受け取った。懐かしいな、と一瞬思った。 そして、ゴールド、シルバー、ジェルブの順で銃を受け取り、それぞれ構えを取ろうとすると・・・・ 「でさ、射的ってなんだ?」 ジェルブが朗らかな笑顔で言ったその言葉に、周りは完全停止してしまった。 イエロー・・ 「このコルク銃で、あの的代わりの商品を当てる。当てて、その商品が落ちれば、それを貰える、ってわけだ」 「へえ~結構、面白そうだな」 現在、ゴールドがジェルブに射的の仕方を教えている最中だった。身振り手振りで、普通なら誰でも知っているよう なことを、ゴールドは教えている。ジェルブの方は、興味津々、といった様子だ。 ――射的を知らないって・・・・・・もしかして、ジェルさんってお祭りに来た事ないのかな?―― そうとしか思えない。 金魚すくいや射的は、お祭りに行ったら、ほとんどの確率で開いているものだ。1度でもお祭りに行ったことがある のなら、絶対に知っているはず。 前々から、ジェルブはこういうことに疎い部分があった。 遊園地に行ったことが無い、と話していたし、ずっと前にゲームセンターに行った時など、UFOキャッチャーを見て、 「なんだこれ!マジックハンドか!?」と、よく分からない事を言っていた。 ――・・・・・・まあ、いいや。人それぞれだしね・・・―― 気にしていてもしょうがない。 イエローは、とりあえずその事は保留にしておき、射的をやっているであろう4人の方を見てみる事にした。 パン パン 4人それぞれが、目当ての商品を狙って引き金を引く。当たっているものもいれば、まったく見当外れのものもい た。 ――うわあ~・・・・―― その状況をひと目見れば、慣れていなさそうなジェルブが、1番下手だと思うだろう。 実際、イエローはそう思った。ジェルブは、銃身にコルクをセットする動作も1番遅いし、どこの引き金を引けば発射 するかも分かっていなかったのだ。 だから、おそらくジェルブが最下位になると思った。 だが・・・ パン・・・・・・ポト 「お、やった!」 見事、小さなぬいぐるみに命中させて、それを落としたのは・・・・・ジェルブだった。 一同、唖然としている。 一方、ジェルブに射的の仕方を教えたゴールドは・・・ 「あ~!!なんで当たらねえんだ!!」 いくら撃っても、まったく当たらない。 というより、何故?と思うほどに見当違いのところを撃っている。店主のおじさんにも1発当たってしまった。 「ゴールド・・・・・お前、下手すぎ」 そう言うレッドは、キャラメルの箱に命中させて、それを獲得している。 「・・・・・・・」 シルバーは無言でコルク銃を撃ち続けている。その腕はやはり達人の域に達していて、30センチ強のぬいぐるみ を、たったの2発で落としてしまった。 イエローはそれを見て、こういうのも、ポケモンバトルと同じく、センスが必要なのかもと思ったのだった。 ※ 結局、射的の順位は、1位がジェルブとシルバー、3位がレッドで、最下位がゴールド、になってしまった。(シルバ ーとゴールドの勝負も、当然、シルバーの勝ちになった) 特に、ジェルブは奇妙なぐらいに上手だった。初めてやったにしてはかなり上手い。あのシルバーに張り合ったのだ から。 何故ここまで上手なのか? それに関してジェルブは、「まあ、こういうのは慣れてるから・・・」とか話していた。 ――慣れてる・・・ってどう言う意味だろう?―― 射的もやったことがないのに、慣れている、というのは少々おかしい。 まさか本物の銃を使い慣れてるとか? ――・・・・まさかね―― イエローはダンボールを畳みながら、自分の考えを笑った。あのジェルブに限ってそんなことはないだろう。 ダンボールを1つ畳み終え、それを横に置いてさらにもう1つ、他のダンボールを畳む。さっきからこれの繰り返しだ った。 射的が終わった後、イエローはすぐに皆と別れ、金魚すくいの屋台まで戻ってきていた。さすがに、何時間もサボっ たままではまずいし、ヨシアキにも悪い。 レッド達はそのままどこかに行ってしまい、それからどうしているか知らない。もしかしたらゴールド達の勝負がまだ 続いているかもしれないが、それはもう知り得ることではなかった。少々寂しいような気分にも襲われたが、アルバイ トをちゃんとしないと、後々苦しくなるのは自分だ。それは我慢するしかない。 「お~い、イエロー。そっちは終わったか?」 「あ、はい。終わりました」 最後のダンボールを畳み終えて、イエローはヨシアキの所にそれを持っていった。金魚すくいの屋台はすでに終わ っており、さらにはお祭り自体、終盤を迎えている。時刻は午後9時。もう少しすれば、お客も帰っていく時間だった。 ――・・・・もう終わり、か・・・・―― イエローはなんとなく、喪失感というか虚脱感というか・・・・・そういう寂しい感情が身体に残っているのを感じてい た。「祭りは準備している時が1番楽しく、終わりになれば1番寂しい」という言葉はよく聞くが、まさしくそれと同じだ った。祭りの準備や本番の忙しさに燃え尽きてしまい、後片付けの時間になって真っ白になったような感じだった。 しかし、それでも今年は、いつもの夏と違って楽しい経験ができたと、イエローは思った。お祭りを楽しむ側ではな く、楽しませる側へと移ったこと。お客さんが金魚をすくった瞬間の笑顔や、1回水につけただけで紙が破れてしまっ た時の悔しい表情は、見ていて楽しい気分になるものだった。 今日の今日まで、サービス業をやった事はなかったが、こういう仕事をすれば自分も楽しくなるのかもしれない、とイ エローは思った。 なんだか、来年もやってみたいという気持ちにもなってしまう。 またヨシアキに誘ってもらおうと思いながら、イエローは自分の荷物をまとめて、ヨシアキと合流しようと周りを見渡し た。 ――・・・・・・・あれ?おじさんは?―― いつのまにか、ヨシアキの姿がなくなっていた。先ほど声をかけられたばかりだ。近くにいたはずなのに・・・・ どこかに行くのなら自分に声をかけていくはずだし、先に帰っているとも考えられない。何か急な用事でもあったのだ ろうか・・・ 「イエロー?」 急に後ろから声をかけられた。振り返ると、そこには片手に大きなぬいぐるみを抱えて、トレードマークの帽子を外し たレッドが、笑顔を浮かべて立っていた。 イエローは不思議に思った。レッドは確か、他の皆と遊んでいたはずだ。なのにどうして今ここに? 「先生・・・・どうしたんですか?みんなは・・・」 「どうしたもなにも・・・・・お前が俺を家に送ってくれるんじゃないのか?」 「え?」 急に変なことを言い出すレッドに、イエローは訝しげな表情をした。レッドとそんな話をした覚えはないし、何も聞いて いない。確かに、レッドがここから帰るには徒歩では時間がかかりすぎるので、ここの片付けが終わったら1度電話を して、送っていくと言おうと思ってはいたが、まだそれはヨシアキにしか話していない。そのため、レッドが知っている はずは無いのだが・・・ イエローはそこまで考えて、ハッ!とした。まさか・・・ 1つの疑いを持ちながら、イエローはレッドに顔を向けた。 「あの・・・・・レッド先生・・・・それって誰から聞きました?」 「へ?お前のおじさんから聞いたんだけど?」 レッドの言葉を聞いて、イエローはガンと頭を打たれたかのような感覚を覚えた。やられた。まさか、こんな手を使っ てくるとは・・・・・ ヨシアキは一応、自分がレッドを好きだ、ということを知っている。教えたのではなく、感づかれてしまったのだ。1年 程前、自分がレッドと喋っているのを目撃された時に。 ヨシアキはそれを嬉しく思ったらしく、それからは色々と相談に乗ってもらったりした。レッドの誕生日の時、どんな手 袋をプレゼントすればいいか助言してくれたのも、彼だ。 ヨシアキは常々、「イエローには積極性が足りないんだよ。積極性が。もう少し強引によっていったって、相手は嫌 がらないって」などと言い、もっと頻繁にレッドと喋れとアドバイスしてきていた。そうすれば、相手もその気になる、 と。 しかし、自分にはそんな勇気はないし、レッドに気付いて貰っては困るのだ。あまりにも恥ずかしすぎるし、レッドが 受け入れてくれるとは思えない。もちろん、他の生徒よりかは仲が良いとは思うが、恋愛が絡んでくるとなると・・・・ と、いつも弱気になっていたのだ。 ヨシアキはそれを聞くたび、まどろっこしそうな表情をしていた。何か手助けしてやろうか、と申し出た時もあったが、 それも丁重に断ると、ヨシアキは悔しそうな表情をした。 だが、どうやらヨシアキは諦めていなかった様だ。なんとかして、自分の姪を助けたいと思ったのだろう。 しかし、まさかレッドと二人っきりにするのに、こんな直接的な方法を使うとは・・・。 嬉しいようやら、おせっかいなようやら・・ イエローが、はぁ、と気付かれないようにため息をつくと、レッドは「あっ」と何か思い出したような様子を見せた。 「そういや、おじさんから伝言だ。『屋台の荷物は置いといてくれ。軽くなったから、俺のポケモンでも運べる』だって さ」 「そうですか・・・・・」 軽くなったから自分のポケモンでも運べる・・・・ヨシアキが自分のポケモンを持ってきていたなんて、知らなかった。 今日は何も持ってきてないと、ヨシアキ自身が言っていたのだ。 何て用意周到な・・・・もしかしたら、今回屋台のバイトに自分を誘ったのは、これが目的のひとつだったのかもしれ ない。 そう思いながら、イエローはしょうがないと割り切って、レッドを送っていくための用意しようと、横に置いてあった荷 物を手にとった。 「それじゃあ・・・・・行きましょうか・・」 「おう、頼んだぜ」 レッドは、まばゆいばかりの笑顔を浮かべながらそう言った。 それを見たイエローは、心の隅で少しばかりヨシアキに感謝し、一方では恨みながらも、公園の出口に向かって歩 き始めていた。 ※ 「なあ、イエロー。この祭り、今年は花火も打ち上げるって知ってたか?」 「そうなんですか?全然知りませんでした」 現在、ドードリオの背中の上。 イエローとレッドは、激しく移りゆく景色と、夜になって少しばかり涼しくなった風を受けていた。その風で、イエロー の麦わら帽子が飛びそうになるが、レッドが咄嗟に頭を帽子を押さえており、その心配はなくなっている。イエローに とっては物凄く恥ずかしい事だが、レッドの心遣いの1つなのだから無下にはできず、何もいわないままドードリオの 手綱を取っている。 イエローは少しだけ首を後ろに動かした。 「それじゃあ、その花火を見てから帰ったほうが良かったですね」 「ん~・・・・確かにそうだな・・・・・」 話の中で出てきた打ち上げ花火の事は、イエローはまったく知らなかった。だいたい、今日、緑地公園で祭りがあ ること自体を知らなかったのだから、それも当然だろう。 レッドの話によると、近年祭りにくるお客さんが増えてきたため、何もないまま祭りが終わるのも興冷めする。フィナ ーレにバーン!と花火を打ち上げて、最後の最後まで盛り上げてしまおう、という企画が町内会であがったらしく、そ れが通り、今回の祭りで実現されたとのことだった。 イエローは花火が好きだった。あの、暗い夜空というキャンパスの上に、花の絵が描かれたように打ち上がる花火 は、綺麗で、とても幻想的なものだ。花火がある日には、空をいつまでも見上げていたいと思う。 そういえば、毎年どこかの花火大会に行っていたのに、今年は怪我や金欠が重なって1つも行っていなかった。夏 休みのメインイベントの1つなのに、それが抜けていては寂しい。 正直、今、このお祭りで花火が見たかった。 ――でも・・・・・レッド先生を送られないといけないし・・―― イエローはそう思って、首を横に振った。今はレッドを家に送り届ける途中だ。もともと、こうなったのは自分のせい だし、これ以上自分の都合にレッドを巻き込むわけにはいかないのだ。 イエローは、花火が見たいと思いつつも、それを心の奥底にしまい、今やるべきことに専念しようと心に決めた。 「イエロー?」 声をかけられ、イエローはハッ!とした。どうやら、花火のことを考えすぎて、ずっと黙ったままだったようだ。不自然 極まりない。 イエローは少しだけ後ろを向いて、レッドに「はい?」と答える。 するとレッドは、笑顔を浮かべながら、言う。 「たぶん遠くからでも見えるだろうからさ、1度、見晴らしのいい所で見ないか?花火」 「え?」 イエローは一瞬耳を疑った。レッドが、あまりにもこちらの欲求を突く提案をしてきたからだ。都合が良すぎる。 しかし、花火を見たいという欲求には到底勝てないイエローは、少し答えにくそうにしながらも、「・・・・・そうですね」 と、レッドの提案を受ける事にした。いくら都合が良すぎようが、レッドが自分の気持ちを当てていようが、結局花火を 見れるのならそれでいい。他の事は目を瞑ろう。 周りを見渡してどこかいい場所はないだろうか、探してみると、近くにちょうど見晴らしがいい丘を見つけた。地面が 大きく盛り上がっているが、坂は緩やかで障害も少ない。これならドードリオでも楽に登っていけるだろう。 イエローは、その丘の方に向かって、ドードリオを走らせた。 ※ ピュ~・・・・・バン!! その瞬間は一瞬だけ。 地面から光の玉が上がり、それが尾を引いて光の線へとつながりながら、黒い空へと上がっていく。まるで地面か ら空へと落ちる流星のようなその光は、一定の高さへと上がると急にその様子を変化させる。 そして、瞬間に開く、光の花。 光の玉を中心にして爆発し、一瞬にして空に一輪の花を咲かせる。 どこにでもある表現だが、それ以上も、それ以下でも言い表せる事ができないのは、それがあまりにも感動的で、 言葉で言い表す事なんて到底できないからだろう。 「わあ~・・凄い・・・」 だからこそ、凄い、の一言しか言えない。 イエローの視線の先には、先ほどからさまざまな色をした花火が打ちあがっていた。1つの花火が開くたびに轟音 が鳴り響き、しかしそれは不快なものでは決してなく、反対にひびけばひびくほどに心地いい気分になってくる。 そして、音に比例して辺りが明るくなっていき、また暗くなった頃に次の花火が打ち上がる。 ピュ~・・・・バン!! この付近では1番大きな祭りなためか、打ち上げ花火も盛大だった。時には連続して上がったり、ナイアガラ花火の ようなものも上げられている。 「すごいな・・・」 隣で座って見ているレッドが声をあげた。その中にも、感嘆と感動の意が入っているが、やはり自分と同じく、この 花火に対する感想を言葉で言い表せないほど感動しているようだった。 イエローは、ちらっとレッドの方を見てみた。レッドの方が座っていて、こちらは立っているので斜め上から見る事に なるが、それはそれで新鮮なものだった。 レッドの横顔を見ていると、この夏休みの事が段々と思い出されてくる。 最初はレッドの誕生日から始まった。 どんな風にしてプレゼントを渡せばいいか散々迷ってしまい、プレゼントを用意したらしたで、今度はどうやって渡せば いいか悩んだ。一時期は渡せないかもと思ったこともあったが、ゴールド達の協力のお陰で誕生日は大成功。一緒 に乗った観覧車のことは、今でもはっきり覚えている。 そういえば、今レッドがつけている手袋は、自分があげた手袋だということに、イエローは今更ながらに気がつい た。今までレッドがその手袋をつけているところを見たことがなかったため、それは感動的だった。 ――ちゃんと着けてくれてるんだ・・・・・―― 少し照れくさかったが、とても嬉しい。 イエローはその間にも夏休みのことを色々と思い出されていった。 次に印象的だったのは、クラブを潰してプールを行ったこと。レッドが自分達のことを考えてくれて、計らってくれたの だが・・・あれは凄かった。別の意味で。 グリーンの暴走から始まったあの出来事は、結局、最後にプールの後片付けをするはめになり、帰ったのは10時 を過ぎてしまったのだ。 グリーンのあの暴走は・・・・・2度と見られないだろう・・ そして、やはりこの夏、1番の出来事は合宿だった。 山に向かい、普段はできない練習を行ったものはいいものの、特別行事で自分が山で遭難してしまうという事件が 起きてしまい、そのせいで色々な人に迷惑をかけてしまった・・・・あれだけは後悔するべきことだ。 レッドが助けにきてくれて一安心してしまったものの、結局は幽霊ポケモンの攻撃で、レッドの方が危ない目にあっ てしまった。あんなことは、2度と起こしてはならない。 ――・・・・・・・・・・そういえば・・―― イエローはある事を思い出した。 山で遭難してレッドに助けられたものの、幽霊ポケモンの技のせいで催眠状態になってしまったレッド。彼を助ける ために、自分はあの時、幽霊ポケモンの姿を探していた。 が、どれだけ探してもどこにいるか分からず、半ばあきらめかけた時だった。 どこかからか声が聞こえたのは。 『前に敵がいるよ!』 姿も何もない、ただの声。 あれはいったい誰の声なのだろうか? 救助に来てくれたワタルとは考えられない。もし彼なら、もっと早くに姿を見せてくれるだろうし、姿が見えないはず もない。 だいたいにして、あの声は今まで聞いたこともない声だった。いや、声というのも変なのだろう。耳、つまり聴覚で感 じているというよりも、どこか、頭の端っこ辺りで「感じて」いるような・・・・まるでテレパシーでも送られたかのよう な・・・・そんな感じが、あの声にはしたのだ。 声を聞いた時は、無条件にそれを信じていたが、いったいあの声の主はだれなのだろう・・? バン!バン!バン! と、一層大きい音が、辺りに響き渡った。 イエローは、とっさに空を見上げてみる。すると、そこには空が光で埋めつくされてしまうほどの大きな花火があり、 そのあまりの光の明るさのため、辺りを昼間のようにしてしまっていた。 「・・・・」 イエローは言葉をなくした。それはあまりにも感動的で、今ここにいることが現実と思うことが出来なくなるほど、凄 いものだったからだった。 「おい!イエロー、見たか今の!すげえなあ・・!」 レッドが興奮した口調で捲くし立て、振り向いた。 レッドの顔が、花火の光でよく見える。 その顔は、今だ辺りを明るくしている花火の残光で薄く光っていて、とても・・・・・・・・・とても綺麗だった。 「イエロー?」 「あ、はい・・・そうですね・・すごかったです・・・」 あまりにも幻想的な光景と、綺麗なレッドの顔を見たために、頭の奥がポ~ッとしながらも、イエローはなんとか言 葉をつむぎ出した。レッドはそれを満足そうに聞き、頷く。 「それじゃあ、帰ろうか?」 「そう・・・ですね・・」 レッドの提案にイエローは同意し、ドードリオの方へと行き始めた。 が、イエローは突然立ち止まった。レッドが先々に歩いていく一方、丘の上、傾斜の真ん中に立ち尽くし、じっと、レ ッドの後ろ姿を見つめる。 そして、イエローは思った。 本当によかった、と。 思い出されるのは、合宿でレッドが死んでしまうと思った時。幽霊ポケモンの攻撃を長く受けすぎたために体力は激 減し、いつ危険な状態になっておかしくなかった、あの時。あの時ほど、多大な絶望感と喪失感を味わった事は無か った。 レッドの後ろ姿を見つめると、今も涙が出そうになってしまう。顔が見えず、ただレッドが離れていく姿を見てしまう と、レッドが、どこかに行ってしまうのではないか?と思ってしまうからだ。 そして、今も涙が1滴、流れ落ちた。 だが、今となっては、それは悲しみの涙ではなかった。嬉しさと安堵。その2つが充分に詰まった、レッドの存在を 喜ぶ涙だった。 レッドが、振り向いた。 「イエロー、どうした?」 「い、いえ・・・・行きましょう」 目の端に溜まってきた少しの涙をぬぐい、イエローは歩き始めた。 辺りは花火も終わり、帰る人が多くなってきた。お祭りの会場である緑地公園の中も、屋台の光が消え、ずっと響 いていた太鼓の音も、もう聞こえない。 太陽が無くなり、月が出ている今の時間は風も冷たくなりつつある。 しかし、それは夜になってきただけのせいでもなかった。8月の後半。9月に近づけば近づくほど、徐々に、秋になっ ていく。 涼しくなるなっているのは、秋が近い証拠・・・ 盛夏は、もうすぐ終わろうとしているのだ。 イエローの日記・・ 今日は・・・・疲れた~ おじさんの屋台を手伝ったり、みんなとお祭りを楽しんだりしたから、結構疲れたなあ。 だけど、アルバイト探していたから、叔父さんの手伝いは、本当にタイミングが良かった。アレが無かったら、これから どうなっていたか・・・ そういえば、結局、ゴールドさんとシルバーさんの勝負は、シルバーさんの勝ちになったみたい。まあ、シルバーさん は、やけに上手だったからなあ・・・金魚すくいとか。多分、何回もやったことがあるんだろうなあ・・・ それと!またレッド先生に迷惑をかけちゃった・・・・まさか自転車を壊しちゃうなんて・・・ ちゃんと、おじさんと一緒に弁償するように言ったけど・・・先生怒ってないかなあ・・ 花火を一緒に見た時は怒ってなかったから、多分大丈夫だろうけど・・・・ そうそう、花火と言えばあれは凄かった。最後の花火。辺りが昼間になっちゃたんだもん。もう一度見たいなあ・・・ そろそろ、夏休みも終わり。宿題はあとちょっと残ってるけど、多分間に合うでしょう! では、そろそろ寝ましょう。 明日もいいことがありますように。
https://w.atwiki.jp/kiyotaka/pages/13.html
第五話 災難な日 レッド・・ 「さて、今日の生徒に伝える連絡事項じゃが――」 今、この場にいるのがかなり嫌だった。 確かに自分は教師で、この部屋にいるのが普通なのだろう。他の教師達もいつもこの部屋にいる。 だが、学生時代からこの部屋の雰囲気には嫌悪感を抱いていた。何か変な空気がこの部屋に漂っているからだ。そ の空気は自分の体にまとわりつき、そのまま体の内部に入ってきて体の中を食い荒らすようなもの。 それにだけは、ずっと前から耐えられなかった。 ――あ~嫌だな~―― 「ちょっと、レッド・・・なに変な顔してるのよ。」 「へ?」 レッドは、ブルーがいきなり話し掛けてきたので、変な声を出してしまった。 ここは職員室。レッドは今、職員達による朝の集会に出席している所だった。1番奥にいるオーキド博士がなんだかよ く分からない連絡事項の話をしている。 しかし、レッドは職員室が大の苦手。そのせいで朝から景気の悪い顔で、自分の席で盛大な溜息をついていたの だ。 それをブルーに見られ、彼女が奇妙な顔してレッドに話し掛けてきたらしかった。 「朝っぱらからそんな顔して・・・朝ごはん食べてないとか?」 「いや、朝ごはんはご飯を3杯ほどと、焼き魚を2つ、コロッケ2つと、それに食パンも1枚食べてきた」 「げ!それって食べすぎじゃ・・・」 「そうか?」 ブルーは絶句して一瞬固まってしまったが、レッドはその反応を不思議に見ていた。 レッドにとって朝ごはんとは、1日の中でも2番目にカロリーを多くとる場面だ。(一番は夕食。ビリは昼食。)よって、朝 からそれだけの量を食べるのは、彼にとっては当たり前の行動だ。 しかし常人にとって、朝にそれだけ食べればまず1時間は動けなくなるだろう。 レッドはそれを自覚しておらず、「う~ん・・普通だと思うけど」と考え込みながら言った。 「食べすぎよ。あ~聞いただけで胸焼けしそう」 「ふ~ん、ま、いいけど・・・それよりさあ、もうここから出ていいか?」 「はあ?なに言ってんの。まだ終わってないでしょうが」 「だけど、もう俺限界なんだ。そろそろ倒れるかも」 正直、本当に倒れそうだった。足はさっきからずっと震えており、手などは痙攣してきてさえいる。今のレッドは、立っ ているだけで精一杯の状態だった。 「まったく、相変わらず職員室アレルギーなんだから・・・分かったわ、今日ぐらいはいいでしょ。あんまり重要な連絡も なさそうだし。後ろから、そお~っと出なさい。何かあったら私がフォローしといてあげるわ」 「さんきゅ!」 ブルーがそう言うやいなや、驚くべきスピードでレッドはドアに近づいていき、そのまま廊下に出て行った。 後ろでブルーが溜息をついているのが、少し聞こえた気がしたが・・ ※ 職員室を出ても、レッドにはまったくやる事がなかった。朝のホームルームが始まる時間までにはまだ5分ほどあり、 その時間までは教室に行くのも気が引ける。だいたい、こんんなに早くに教室に入れば、確実に生徒から「先生、ま たサボり?」とでも言われそうなので、行くにも行けなかった。 よって廊下を歩いているしかない。 しかし、廊下をずっと歩いているのも結構暇だ。もう何回も同じところを通っているような気がする。 今いるのは4階。3年生の教室がある階だ。窓からは校門が見える。 その時、ふと外から走りながら校門を通ってきた生徒が目に入った。視界の端に少し入った程度だったが、レッドは 敏感にそれを察知して、窓から校門の方を見下ろしてみた。 校門に走って入ってきた生徒は、男子の制服をきているようだった。 ――あれは・・・イエローか?―― 最初は本当の男子生徒かと思った。だが、その生徒は長い金髪の髪をポニーテールにしていて、小さな体を一生懸 命動かして走っており、どうも男子には見えなかった。 走っている影響で、そのポニーテールが左右に振られているのが見える。 まさしくイエローだった。どうやら遅刻しそうになっているらしい。物凄い速さで走っている。 ――はは、イエローらしいな―― イエローは自分のクラスの生徒。それもクラスの中心人物的存在だ。勉強、運動、共にパーフェクトに近い。自分の受 け持っている社会のテストなど、九十八点以下を取った事がないくらいだ。 ポケモンバトルの才能にも溢れていて、今まで見てきた生徒の中でも、おそらく最強に近い。あれぐらいに才能があ ると、教えがいもあるというものだった。 人望も厚く、噂によればファンクラブまであるらしいとか・・・ しかし、一見完璧に彼女だが、一方でどこか抜けているところがある。 今見た遅刻もそうだが、例えば、何もないところでこけたり、何か運んでいればそれを落としたり、クラブの合宿の時 にはコロッケにかけるはずのソースを醤油と間違えたこともあった。 そんな風に、どこか頭のネジがはずれている所がある。 だが、それもイエローらしいとレッドは思っていた。 ――飽きない奴だな、あいつは―― レッドはイエローをとても気に入っていた。そういう行動を見ていれば、まったく飽きることはないのもあるが、自分の 教えてきたことを完璧に吸収していくからでもあった。 ポケモンバトルにおいては、いつかは彼女が自分のライバルになると思っている。 ――いつか、あいつと戦ってみたいな―― 強い相手との戦い・・・これほど面白い事は、世の中にもそうはない。 レッドにとってのバトルは、5年前のあの時から、さらに面白いものになっている。 5年前・・・・レッドはポケモンリーグを優勝した。 今からでも思い出せる、あの戦い。白熱するバトル、そして強敵。 考えれば考えるほど、あの時のことが思い出されてくる。 だが、レッドはこのことを表ざたにはしてなかった。 これは赴任してくる時。校長に、リーグ優勝者だと知られると色々面倒な事が起こるからとの理由で、教えることを禁 じられているからだ。 もう5年も前のリーグなので、生徒達も自分が優勝したことなどに気付いていない。だいたい、あの時の自分の名前 は・・・・・・ 「あれ~?レッド先生、どうしてここにいるんですか?会議中じゃないんですか?」 考え事をしていると、急にそんな声が聞こえてきた。振り返ると、そこにはポケバト部の部員である女子の数名が、笑 いながらこちらを見ていた。 レッドが「いや、ちょっとな・・・・」と答えると、その数名の女子達はますます面白そうに笑顔を向けてきて、「またサボ りですね~?レッド先生も駄目ですよ~」と、注意しているのかいないのか分からないような言葉を残したまま、目の 前から去っていった。 いったいなんだったんだ・・・と思いながら、レッドはポケバト部の女子達の方を見ていた。恐らく、彼女らは自分が職 員室から逃げ出してきたことを知っているのだろう。だから、あんな面白そうに笑っているのだ。 しかし、こんな風に喋りかけられる事を、レッドは別に怒ったりはしなかった。いや、こういう風に話してくれるからこ そ、彼女達は自分を慕ってくれているのだ。 そう考えてると、先ほどから頭の中にあった、ポケモンリーグ優勝のこと、が再び思い浮かんできた。このことを隠して いるのは、彼女らの信頼を裏切っている形なのかもしれない。 そろそろ教えないと、とレッドは思った。 生徒達には、自分のポケモンに関する知識の量に驚かれることがある。 あまりに戦いについてを知っていて、しかもリーグのことを詳しく知っていたので、ある時「先生ってもしかしてリーグに 出た事ある?」と部員に聞かれたこともある。 その時は何とか誤魔化したが、そろそろ限界に近づいているだろう。 それに、生徒に隠し事をするのは自分の性に合わないし、隠し事は生徒の信頼を裏切っている形になっているかもし れないのだ。 ――・・・・・いつか、必ず・・・だな―― レッドは、窓からイエローが走っているのを見ながら、そう誓っていた。 ブルー視点・・ 「で、あるからして、これからの生徒との付き合いを―――」 ブルーでさえ、この博士の長い話にはうんざりだった。いつもより2倍余計に長い。 自分もレッドと一緒に抜け出してしまえばよかったと思わずにいられなかった。 「さて、今日はこのぐらいにしておこうかの。それでは皆、1日変な騒動を起こさないように」 ――終わった~!―― ブルーはやっと博士の長話から解放されて、大きく息を吐いた。 だが、時計を見てみると、ホームルームが始まるまでにもう1分も無いという、悲惨な状況だということが分かった。 休む時間もないのか・・・と思いながら、ブルーは教室に行く準備を始める。 ――ふふ、今日はこれを使おうかな~♪―― ブルーは自分の机の引き出しから、何か変な青い液体の入ったビンを取り出していた。それをうっとりと眺めて、ブル ーは楽しそうな笑みを浮かべていた。 「おい、ブルー。それは何だ?」 ビク! ブルーの耳元に少し怒気を含んだ声が入ってきた。 おそるおそる横を見てみると、グリーンが無表情な顔でこちらを見ている、という危険な状況が目に入ってしまった。 ブルーは数歩後ずさりして、青い液体が入ったビンを後ろに隠す。 「グ、グリーン!こ、これはなんでもないの。ただのジュースよ」 青く光っているそれはおよそジュースらしくない色で、ブルー自身、この言い訳は無理があるなと思っていた。 無論、これにグリーンが騙されるわけもなかった。 「それがジュースなわけが無いだろ!」 「ま、まあ、いいじゃない。ほらもう時間無いし、私は教室に行くわね!」 そう言うとブルーは逃げるように職員室を出て行った。「おい、ちょっと待て!」というグリーンの声が聞こえたが、ブル ーはそれを無視し、一気に廊下へと出て行った。 「まったく、ブルーはいつもいつも・・・」 残されたグリーンはそう呟いて溜息をつき、教室に行く準備を始めるのだった。 ※ ――あ~危ない危ない。これを取り上げられたら、2時間はお説教だわ―― ブルーは職員室を出ると、ゆっくりしたペースで教室に向かっていた。手にはあのビンを持ちながら。 ――さ~て、誰に飲ませようかしら?またくじ引きでもして・・・―― ドン! 「あ、すみません!」 考え事をしながら階段辺りまで歩いていった所で、誰かとぶつかった。その衝撃で、手にあった青い液体の入ったビ ンは床に落ちそうになったが、なんとかもう1つの手でささえることができ、落とすのを免れた。 ――ふう~。―― ブルーは落とさなかったことに、安堵の息を吐き、ぶつかった人物に文句を行ってやろうと顔を上げた。 そこには・・・ 「イエロー!」 「あ、あの、すみません。急いでたもので」 相変わらず男子生徒の制服を着ているイエローがいた。 目の前で頭を下げているイエローを見て、ブルーはピン!と頭で何かがひらめいた。 「それじゃ、私はこれで」 「ちょっと待って」 ブルーはそのまま教室に向かおうとするイエローの腕をとっさに掴んだ。 イエローはいきなり腕を掴んできたブルーを、怪訝そうな顔で見る。 「・・・あの、なんですか?」 「これを飲みなさい。(命令口調)」 「・・・・え?」 「これを飲みなさいって言ってるの」(ちょっと怒りながら) ブルーがきつく言って、青い液体の入ったビンを差し出す。イエローはブルーの気迫に押され、そのビンを受け取って しまった。 「あの、なんで私が、」 「いいから、飲みなさい。それとも、私にぶつかった罪の慰謝料を払いたい?」 「・・・・分かりました」 イエローは渋々といった様子で、そのビンを飲む事にしたらしい。早く教室に行かないと、というイエローの意志がブ ルーにはしっかりと感じ取る事ができた。よほど急いでいるのだろう。 ゴク! イエローが思いきってその液体を飲んだ。その顔はとても嫌そうだった。 「どう?」 「・・・・なんともありませんけど?」 イエローはきょとん、とした顔でいる。 顔色も口調も体調も変化なし。 ブルーはイエローの状態を入念にチェックし、彼女に何の変化も見られないことを確認した。 どうやら、失敗だったようだ。 ブルーは少し溜息をつき、「そう・・・・もう行っていいわよ」と、落胆した声で言った。 「はあ・・・・」 イエローは不思議な顔をしながら、教室に向かって走っていった。 一方のブルーは、何が悪かったのだろうか?とか何とかを、ぶつぶつ言っていた。 ――あの薬は、絶対に成功するはずだったのに・・・・・・・あ~また作り直しか~―― 薬に関する考え事は、1時間目の授業が始まるまで続いたそうな。 グリーン視点・・ 思わず溜息をついてしまいそうだった。 「ぐ~」 ――まったく、いつまで寝ているつもりだ―― グリーンは本当に呆れていた。 目の前には、気持ち良さそうに眠っているイエロー姿。腕を枕にして、教科書も何も出さずに、チャイムが鳴った瞬間 から眠っている。 本当に呆れ果てる。イエローの居眠りには。 毎時間、毎時間、起きている姿を見ることの方が少ない。授業なんて聞いた事もないのだろう。 しかし・・・・・・これで数学のテストが90点以上なのだから、本当に不思議なものだった。世の中が間違っているとし か思えない。 「イエロー、起きろ」 「ぐ~ぐ~」 グリーンがイエローを起こそうとするが、当の本人はまったくの無反応。 それどころか、「もうお腹いっぱい・・」なんて言う寝言まで言っている。 「・・・・・・・・」 いくらグリーンでも、我慢の限界だった。 グリーンは、自分の口をイエローの耳元に近づけて、大きく息を吸った。 そして・・・ 「イエロー!起きろ!」 「ひゃ!」 耳元で叫ばれると、さすがのイエローも飛び起きた。いきなり大きな音が耳に入ったのだから、驚いた事だろう。 しかし、グリーンはそんなことも気にせず「やっと起きたか」と呟いた。 目覚めたばかりのイエローは、何が起こっているか分からないらしい。周りを、トロンとした目で見渡しながら、「あ れ・・?」と呟いた。 グリーンは、彼女の頭を起こすように、頭を軽く小突いた。 「いた!」 「いた、じゃない。イエロー。毎日毎日、よくこれだけ寝られるな」 「・・・・・・はあ、すみません」 「はあ、じゃない。少しは授業を聞いたらどうだ。確かにお前のテストの点数はいいが、それだけでは駄目だろう。授 業を聞いてこその学校だ。・・・・・・・聞いているのか?イエロー」 「ふぁいです。」 「それでいい・・・・・ん?お前、今・・」 「あれぇ~?グリーン先生の顔が~、2つに見えてきますぅ~」 彼女の返事に違和感を感じ、グリーンはイエローの顔の方を向いてみた。 目に入ってきたのは、イエローの先ほどよりさらにトロンとした目つき。 「イエロー?」 「わぁ~なんだかと~っても気持ちいいですぅ~」 「おい、どうした。」 イエローの言動がどんどんおかしくなっていく。顔もりんごのように赤くなっていき、これではまるで・・・酔っぱらい・・・ ――まさか・・・イエローが酒を?―― だが、イエローの近くには酒の匂いなどまったくしなかった。自分の鼻は常人の数倍はいいので、間違いなくイエロー は酒など飲んでいない。 ――なら、なんだこれは?―― 「ひっく!それじゃ~わたしはレッド先生のところにぃ~」 「こ、こら、待て!」 いきなり席から立ち上がり、教室からでようとするイエローの腕をとっさに掴んでしまった。すると・・・ 「・・・なんで邪魔するんですかぁ~グリーン先生ぇ~」 イエローは思いっきりぶりっ子のような声を出し、瞳をうるうるさせて抗議してきた。 それを見たグリーンは、一瞬、「うっ!」となったが、何とか気を取り直し、とにかくここは保健室に運ぼうと決めた。 「イエロー、保健室に行くぞ。他の奴らは自習だ。問題集の25ページから30ページまでやって、後で提出すること」 そこまで言うと、グリーンはイエローの腕を引いて、教室を出て行った。 廊下出ても、イエローは「グリーン先生ぇ~やめてください~」と抗議し続けていた。が、グリーンはそれを無視し、早 い足取りで保健室に向かっていった。 ※ 残された生徒だが、女子は課題の多さに溜息をつき、男子は先ほどのイエローのぶりっ子攻撃を見て、顔を赤めたま ま呆けてしまっていたのだった。 レッド視点・・ 今日のクラブはあまりにもひどかった。 部長であるイエローが参加していないことも原因の1つだ。彼女の存在は、このクラブに想像以上の影響を与えてい る。日々の練習のメニューはもちろん、日頃からの部員の世話まで、ほとんど彼女に任せているのだから、それも当 たり前だろう。 だが、今のクラブ内容のひどさは、イエローがいない、という問題では片付かない。 いや、イエローがいるからこそひどい状況になっているのだ。 その原因は・・・ 「みんなぁ~がんばってぇ~」 イエローの変わりようだろう、とレッドはクラブ活動を見守りながら思った。 先ほどの声はイエローのものだ。 イエローは、保健室の窓から部員に声援を送りつづけている。しかもかなりの大声で。 だが、その声の質は、明らかにいつものイエローのそれとは違っているのだ。まるで5歳児が親に甘えている声でみ んなを応援している。 イエローがこうなってしまった原因は、ブルーの作った薬のせいらしい。朝にイエローは、ブルーの薬を飲んだ。その せいで、イエローは一時的に酔っぱらい状態になってしまい、それがイエローをここまで変化させてしまっていた、と いうわけだった。 ブルーの話では、これは部活が終わる頃に効能が切れるようだが・・・・(今、ブルーは生徒指導室で、グリーンにみっ ちりとしぼられている) グリーンの話だと、イエローを保健室に連れて行ったはいいが、ナナミでもその原因は分からなく、そこで、ブルーが 変なものを持っていたのを思い出し、ブルーに問いただすと、イエローに薬を飲ませたことが発覚した、という経緯だっ た。 とにかく、部活の終了までこれが続くとなると、今日の練習はほとんで出来なくなるだろう。 なぜなら、今のイエローはレッドでさえも思わず、ドキッっとしてしまうのだ。 まして生徒など、部活どころではない。現に今でも、保健室の窓からみえるイエローの姿に釘付けになっている生徒 が何人いることか・・・・ もともとファンクラブが出来るほどに可愛い顔をしているのだ。こんな様子になった彼女を見れば、誰でもこうなる。 「がんばれぇ~みんなぁ~」 レッドは、すっかり変わってしまったイエローの様子に戸惑いながら、大きな溜息をついた。 「ゴールドさぁ~ん~がんばってください~」 「お、おう・・・・」 ゴールドもまた、イエローの変わりように戸惑っていた。 放課後になってクラブに出ると、イエローがきていないことに気がついた。まあ、そこまではいい。 だが、それからイエローが変になっていると気が付いた時から・・・・・・もう、クラブは成り立っていないだろう。 なんといっても、男子部員のほとんどがイエローの方を見ているのだから。 普段からイエローを見慣れている自分でも、今の彼女は結構くる。 「ねえ、ゴールド・・・・・・イエローさん・・・どうしたのかしら・・・・」 「さあな・・・・・・・とにかく、今日はクラブできそうにねえな・・・・」 クリスと話しながら、ゴールドはイエローの方を見てみた。 未だに、彼女は保健室からクラブの応援を行っている。 (ちなみに、1度教師の1人が彼女を止めようとしたら、イエローはその教師にピカチュウの10万ボルトを浴びせてい る。よって止める事もできないのだ。) 「あぁ~・・・・・楽しいなぁ~」 そう言って笑ったイエローを見て、ゴールドは一瞬、ドキッとした。 今の彼女の姿----赤くなっている頬に、潤んでいる瞳。金色の髪を無造作に下ろし、笑顔で手を振ってくる姿。 ───・・・・・・こりゃあ、目に毒・・・・・いや、目の保養か・・・?─── ゴールドはそんなことを思いながら、イエローの変わり果てた姿をずっと眺めていた。 後々、そのことがクリスと喧嘩する理由となるのも知らずに。 イエローの日記・・ 5月22日 木曜日 晴 今日はなんだかおかしな1日だった。2時間目にあったグリーン先生の授業から、放課後まで、何があったのかまっ たく覚えていない。う~ん、変だな~? 変と言えば、私が放課後に保健室のベッドの上で目を覚ました後なんだけど、みんな、なんだか私に対する態度が 変わっているような・・・・こう、顔が赤くなって、私としゃべると妙にどもるんだよねえ・・・それもグリーン先生やレッド 先生まで!しかも、ゴールドさんとクリスさんも喧嘩してたし・・・・・ いったい何があったんだろ? まあいいや。あんまり気にしないでおこう。 そうそう、帰りにブルー先生に会ったんだけど、なんか、すっごく疲れてた。 「グリーンのばか~!」とも叫んでたし、グリーン先生と喧嘩でもしたのかな? それじゃ、このくらいにして、寝る支度をしましょう。 明日もいいことがありますように。
https://w.atwiki.jp/kiyotaka/pages/32.html
第21話 合宿 ~4日目―3~ 「レ、レイ・・」 目の前のレインボーは5年前とまったく変わっていなかった。まるで年をとっていない。黒く長い髪が揺れ、とび色の 瞳がこちらを見据える。本当に変っていない。 そんなレインボーの姿を見て、レッドは近寄って抱き締めたい衝動にかられた。 だが、何故か身体が動いてくれなかった。手足を動かそうとしても神経が通っていないかのように反応しないし、指先 の1本たりとも感覚がない。 「・・・・レッド・・・・」 俯き加減に下を向いていたレインボーが、顔を上げてこちらを見た。黒く長い髪をまとっているその顔は悲しみにそま っていて、なおかつ絶望の色も秘めていた。 そんな表情をしているレインボーを見て、レッドはどうにかして彼女の近くに寄りたかったが、身体がまったく動こうとし てくれなかった。それどころか、声まで出せなくなっていた。 「・・レッド・・・」 レインボーは変わらず悲しい表情をしながら、レッドの名前を呼んでいた。 なんでそんな悲しい顔をしているんだ? そう彼女に尋ねようと口を開いたが、やはり声が出てくれなかった。 ――なんで泣きそうなんだよ!?もう一度会えたんだぞ!―― そう思っていると、急にレインボーが自分の手を自らの胸に当てて、いっそう目線をこちらを合わせた。その目は、や はり絶望の色が混じっていた。 「レッド・・・・・・・・・どうして・・・・」 ――・・レイ?―― 「どうして・・・・あの時、私を守ってくれなかったの?」 悲壮の表情のレインボーが言ったその言葉を聞いて、レッドは、途端に自分の身体が重くなり、頭が真っ白になって いくを感じた。 空気が変わった。 さきほどまで冷たい空気を漂わせていた周囲が、そっくり入れ替わったかのようにまるっきり変わってしまった。冷た い空気は、またいっそうと冷たくなり、まるで氷の中にいるかのような印象を受けた。自分の周りにあるもの全てがま ったく音を立てておらず、何も聞こえなくなっている。唯一聞こえるとしたら、自分の呼吸と心臓の音だけだ。 耳が痛くなりそうな静けさの中、先ほどまで通話が出来ていたはずなのに、今ではただ『圏外』を示している自分の ポケギアを握り締めたイエローは、レッドが、ある1点を見つめたまま動かないでいるのを見て、何かしらの恐怖感を 覚えた。 レッドは、急に立ち止まったのだ。 電話をかけることに夢中になっていたイエローがそれに気づいた時、レッドはすでにまったく動かなくなっていた。 何故止まったのか分からなかったイエローは「どうしたんですか?」と聞いてみた。だが、レッドは何も答えてはくれな かったのだ。 ただ、1度、「・・・レイ・・・」と呟いただけで。 レッドが目の前の草むらを見つめていたので、視線の先に何かあるのかと思い、1度その場所をじっくりと見てみた。 だが、そこには別に何も無かったのだ。 ポケモンがいるわけでも、人がいるわけでもない。レッドが見ている場所にはただ草木が広がっているだけだった。 しかし、レッドはその地点を見たまま、まったく動かない。 いったいどうしたんだろうか? 呆然とレッドを見つめていると、急にポケギアが鳴り始めた。ポケギアのディスプレイを見ると、ジェルブから電話がか かってきていた。 電話がやっと通じた事にほっとした。これで助けを求める事ができるし、今のレッドの状況を伝える事ができる。レッド は明らかに変だった。 「はい・・・・」 『イエローか!』 「その声はジェルさんですね!」 やはりジェルブだった。よし、なんとかレッドの状況を伝えないと・・・ 「大変なんです!レッド先生が・・」 『レッド先生?いったい何があったんだ?』 「あ、あの、それが・・・・」 なんとか情報を正確に伝えようと話してみるが、なかなか言葉が浮かんでこない。話そうと慌てれば慌てるほど、頭 が真っ白になっていくようだった。 『イエロー、いったいどうした?』 「そ、それが、さっきから様子が」 変なんです、といいかけた瞬間、ポケギアからプツ、という音が聞こえた。ジェルさん?と声に出してポケギアに話す が、受話器からはツー、という音が聞こえるだけだった。 電話が切れた。 イエローは慌ててディスプレイを見た。すると、またしても『圏外』の表示が現れていた。 なぜ、また『圏外』に? 不思議に思ってポケギアを眺めていると、レッドから「うっ・・・」という声が出された。 「レッド先生?」 何か苦しそうな声をあげたレッドに呼びかけるが、やはり彼はまったく反応してくれない。 何の反応もしないレッドと、周りの静寂。その全てに対して恐怖感を覚えたイエローは、レッドの肩を叩いた。だが、 彼はそれにさえも答えず、急にイエローの身体を地面に降ろした。 「わっ!」 降ろしたといっても、普通の降ろし方ではない。 いきなりイエローを支えていた手を離し、背中をまっすぐと伸ばしたのだ。 自分を担いでいた手がなくなったので、身体ごと地面に落ちる形になってしまった。落ちると同時にドスン!という音 がする。 「・・・・・先生?」 突然自分を乱暴な方法で降ろしたレッドに、イエローは座り込んだまま疑問の声を投げかけたが、それでも彼は何も 答えてはくれない。 ――いったい何が・・・・?―― 自分の言葉に振り向いてくれないレッドに恐怖心を覚え、イエローは昨日負傷した背中と足首の痛みに耐えながら、 ゆっくりと立ち上がり、レッドの正面に回ってみた。 「レッド先生!」 レッドの顔を見上げながら大声で呼びかけるが、やはり反応がない。 どうしたんだろうか? 自分とは視線を合わそうともしないで、何故か悲しそうな表情をしているレッド。その顔を見ていると、ある事に気が付 いた。 ――顔色が・・・・・悪くなってる―― 明らかに、レッドの顔が青白くなっているのだ。 ついさっきまでは赤く血色もよかったのに、今のレッドの顔色は病人のように白くなっている。 しかもそれは、時間が経つごとにさらに青くなっていき、これではまるで、レッドが立っているだけで体力を減らしてい るように思われた。 「先生・・!」 異常事態だと判断したイエローは、目の焦点もあっていないようなレッドをどうにかして正気に戻そうと思い、彼の身 体を揺さぶる。 だが、身体を揺らしてもやはり反応しない。 いったいどうすれば・・・ そう思った矢先だった。 突然、耳の奥が痛くなるような音が聞こえてきた。まるでガラスを引っかくような音であるそれは、聞いているだけで 自分の意識がどんどんと薄れていきそうな気がする。 反射的に耳に手を当てたイエローは、この音をどこかで聞いた事があるような思いに駆られた。 ――確か・・・・1ヶ月ぐらい前・・―― なんとか思い出そうと頭をひねる。その間にも音は休みなく鳴り続けていて、指の間から耳に入ってきそうだった。 本能的に音から逃げようと、レッドから1歩離れた瞬間、その音がやんだ。 そしてそれと同時にイエローは、この音をどこで聞いたかを思い出した。 ――・・・・確か・・・・ポケモンバトル大会の予選の時・・・・―― ちょうど今から1ヶ月前に行われたポケモンバトル大会の予選会場。イエローはそこで、これと同じ音を聞いた。 そう、それは・・・・ ――そうだ!これは、『さいみんじゅつ』だ!―― 大会で幽霊ポケモンを主体のチームと対戦した時、イエローの対戦相手はゲンガーを出してきた。 そのゲンガーは『さいみんじゅつ』を何回も連発してきて、同じくゲンガーが覚えている『ゆめくい』との複合技をかけて こようとした。 その『さいみんじゅつ』の音に、この音は酷似していた。 ――まさか!―― イエローは、自分の頭が立てた推測に驚いた。 しかし、それ以外に今のレッドの状況や、この音の正体を説明する術がない。 レッドは、この森の中にいるなんらかの幽霊ポケモンに『さいみんじゅつ』と『ゆめくい』を掛けられているのだ。 『さいみんじゅつ』によってレッドは半覚醒状態、つまり白昼夢(起きたまま夢を見ること)の状態にされ、『ゆめくい』に よって体力を奪われている。 顔が青白くなっているのは、『ゆめくい』で体力を奪われている証拠だ。 しかし、いったいどこの誰のポケモンがこんなことを? 人間にポケモンの技をかけるなんて、絶対にやってはいけないことだ。トレーナーがそれをやれば、世間から非難さ れるし、場合によっては資格を剥奪される。また野性ポケモンでさえ、人間に技をかけるようなまねはめったにしな い。 加えて、1人の人間を白昼夢の状態にするぐらいの『さいみんじゅつ』をかけることができる、そのポケモンの強さはい ったい・・・・・ はっ!としたイエローは、無駄なことを考え込みそうになっている頭を振った。そんなことを考えているときではない。 これに対する策を練らないといけない。 とにかく原因が分かったのだ。あとはその原因を取り除けばいいだけ。 だが、 ――いったい、そのポケモンはどこに?―― レッドがおかしくなってしまった原因が掴めても、その原因の素となるポケモンの居場所がわからなかった。 これでは、そのポケモンに攻撃して『さいみんじゅつ』を止めさせる事もできないのだ。 ――いったいどうすれば・・・!―― イエローは、目の前で今だに青白い顔をして何かブツブツいっているレッドを見ながら、自分の無力さを実感してい た。 戦闘中 ジェルブ&ワタル・・ ――いったいどうすれば・・・!―― ジェルブは2匹のリングマの同時攻撃を避けつつ、スピアーに攻撃の指示を出した。 スピアーはジェルブの指示を聞くと、素早い動作でニードルによる攻撃を攻撃をリングマに与える。 攻撃は見事に当たった。しかし、リングマにはほとんどダメージが無く、けろっとしている。そしてまたスピアーに攻撃 しようと動き始めたので、ジェルブはスピアーに回避を指示する。 さっきからこれの繰り返しだった。回避、攻撃、回避、攻撃。 リングマ達の攻撃は確かにコンビネーションはいいものの、避けられないものではなかった。スピードが遅く、リズム が単調なのだ。 リングマ達の攻撃力はかなり高そうだったが、当たりさえしなければその攻撃力も発揮されない。いくら攻撃してきて も避けるだけで済む。 よって、すぐにこの戦いは終わると思った。 だが、問題は相手の体力だった。 確かに自分達の攻撃は面白いほどに当たる。今の攻撃は約10回目だ。 しかし、リングマの体力はちょっとやそっとでは無くならなかった。スピアーの攻撃や、ワタルのハクリューの攻撃を与 えても、その無尽蔵にも近い体力はまったく減らない。どれもこれも、相手に決定打を与えられるものではないのだ。 ――くそ!これじゃ、時間が・・―― 先ほどのイエローとの電話から、すでにかなりの時間が経過している。彼女の危機感に溢れた口調から、彼らは危 険な状態に置かれているのだろう。早く2人のもとへと駆けつけないといけなかった。 しかし、それはリングマ達が許してはくれない。ジェルブ達がどこかに向かおうとしても、それを立ち塞ぐかのように攻 撃してくるため、ここから移動する事もできないのだ。 ――どうする?・・・・・・このままじゃ、やられはしないけど、時間がかなりかかる・・・―― リングマ達は、まだまだ体力が有り余っているようだった。スピアーとハクリューの攻撃力から考えて、倒すのに30 分はかかってしまうだろう。 しかし、30分も時間がかかるのはあまりにも遅すぎる。今、この時点でもイエロー達は危ない状況に置かれているの だ。早く倒して向かわないといけない。 そのためには、まずリングマを一撃で倒すしかなかった。 自分のスピアーではまず無理だ。 スピアーは元々攻撃力があまり高くない。『ダブルニードル』などの技でまかなえるものの、スピアーの本来の戦い方 はスピードで相手を翻弄して、急所に当たる攻撃を行うこと。攻撃力は高くはない。 一方、ワタルのハクリューには一撃必殺の『はかいこうせん』がある。これならリングマを1匹は確実に倒せるだろう。 しかし、だ。 それは1匹しか倒せないのだ。 リングマ達は合計3匹いる。これが問題だ。 『はかいこうせん』は、威力は高いものの打った瞬間から何十秒間か反動でうごけなくなってしまうのが欠点だった。 これでは、『はかいこうせん』を使った後、他の2匹によってハクリューは倒されてしまう可能性がある。2匹をスピアー で相手にするのは少々辛い。 ――どうする・・・―― ジェルブは必死になって頭を回転させた。 と、ふと、ある方法が頭の底から浮かび上がってきた。 それは、5年前に使ったきりこれまでほとんど使っていないものだった。さらに、その方法を行えば、自分の身体、は てはスピアーまで危なくなることは間違いなかった。 ジェルブは、その方法を使うべきかどうか迷った。 本当にいけるか?それが得策なのだろうか? そう思いつつ、正面からつっこんでくるだけのリングマの攻撃を避けた。 ――・・・・・ワタルは・・・・・・いけるか?―― ジェルブはワタルに視線を向けた。彼は、今2匹のリングマを相手にしていた。自分が思いついた方法は、ワタルのこ とも考えなければいけない。 しかし、ワタルとなら大丈夫だろうと、理由もなく感じた。それはただ、『カン』みたいなものだが、おそらく当たってい る。ワタルは大丈夫だ。 ――あとは・・・・・・―― あとは、自分次第。 自分がこの方法を使えるほどの実力を持っているかどうかだ。 少し考えて、迷う必要はないと、ジェルブは迷いを振り払った。 これまで色々と放浪の旅を続けていたが、その間にも実力は高めてきたつもりだ。この作戦を行うだけで実力が、自 分にないと思っていない。 それに、この方法以外に今の状況を打破する術がない。 イエローを救うためには。 ――そうだ・・・・・イエローを守るって決めたはず・・・・―― ジェルブは決断した。 「ワタル!」 ジェルブはスピアーに指示を出しつつ、ワタルに向かって声をあげた。ワタルはリングマの攻撃を避けてハクリューを 呼び寄せた後、「なんだ!」と答えた。 ジェルブはワタルの顔を見据えながら、言った。 「アンシュルス!そしてパターンB!行くぞ!」 「な!?」 ワタルの顔がいっきに驚きの色で染まった。目を見開き、本当か?という表情でこちらを見る。おそらく、ジェルブが考 えた作戦か、それともこの作戦の裏側にあるリスクを考えてか、そのどちらかについての驚きなのだろう。 しかし、そのワタルの驚愕の表情は、すぐに戦闘時の真剣な表情に戻ってしまった。それは、こちらがもうすでに作戦 の準備を開始しているのを見たからに違いない。 そしてワタルは思ったと思う。 やるしかないのか、と。 「ワタル!いいな!」 「・・・・・いいだろう!死ぬな!」 ワタルの、励ましとも注意ともとれる言葉を聞きながら、ジェルブは周りの状況を全て把握して、作戦の準備が完了し たことを確認した。 そして、スピアーに指示を送る。 「・・・・・アインス!」 スピアーとワタル、双方に向かってその言葉を発した。 彼らはそれに従い、すぐに行動を起こす。 ジェルブは彼らの行動を目で捉えつつ、一方で自分が昔のことを思い出しているのに気がついた。 それは、何年も前から意識の底にずっと眠らさせていたはずの記憶―――十数年前、焼け焦げた家屋と焼死してい る人間の姿を見た時のものだった。 ――こんな時に思い出すなんてな・・・・―― 頭が勝手に思い出した事に対して、ジェルブは、皮肉だな、と思った。今のこの状況が、その時の状況と少し似てい るからだった。 しかし、ジェルブはすぐに頭を振って、その記憶を頭の底に再び沈ませた。 今は、戦闘に集中しなければならない。昔のことを思い出している暇はない。 スピアーが、『ミサイル針』をリングマの足元に打ち込んでいるのを見て、ジェルブは次の行動の準備に取り掛かっ た。 数秒後、ワタルの声が森に響く。 「ツヴァイ!」 それと同時に、ハクリューが自らの能力を最大限に発揮して、リングマの周りに竜巻を発生させていた。これはワタ ルのハクリューだけが持つ能力だ。自在に天候をあやつることができる。 これで作戦の第2段階が終了していた。 ここまではほぼ完璧だ。後は自分とワタルの能力次第。 ジェルブは、イエローの顔再び思い出した。 喜怒哀楽を大袈裟までに表現する、彼女の表情は見ているだけであきない。日常でしか生まれる事のないその表 情。その表情が出ている時、平和な日常を迎えている事を示している。 そして、ジェルブが1番気に入っている表情は笑顔だった。 あの笑顔を消しちゃいけない。 ジェルブはそう思いながら、今の状況全てを見極め、決断した。 今が作戦の第3段階を実行する時。 ジェルブは、ワタルとスピアーに最後の合図を出すために、思いっきり息を吸い込んだ。 「・・・・・ドライ!」 ジェルブのその声と同時に、スピアーがその竜巻に向かって移動し始めた。透明な羽を動かし、猛スピードで進んで いる。 ジェルブは、スピアーの腕のニードルがうすく光っているのを見て、思った。 勝った、と。 竜巻内部・・ リングマ達は、この竜巻の中にいても何も恐れてはいなかった。 この竜巻は規模が小さく、風によるダメージが少ないからだ。この程度では自分達の体力を尽きさせる事などできは しない。 リングマ達は竜巻の内部でじっとしていることに決めた。ここで下手に動けば風によるダメージが多くなってしまう。 竜巻というのは、内部は風が弱く、外側が強い。今は中心部付近に自分達はいる。ここは風が少ないため、ここから 動かないほうが得策なのだ。 リングマ達には、どうして人間達がこのような竜巻を発生させたのかが、どうしても分からなかった。 この竜巻で自分達を倒せるとでも思っているのだろうか?もし、そうならそれはまったくの見当違いだ。 竜巻は徐々に体力を削り取っていくものの、それだけでは自分達を倒す事はできない。体力はまだまだ有り余ってい る。それは人間達も分かっているはずだ。 ああ、そうか。 3匹のリングマの内、リーダー格である1匹がその理由を思いついた。 人間達は、自分達を閉じ込めている隙に逃げ出すつもりなのだろう、と。 リングマはその予想を思いつき、そんな考えを持っている人間達を鼻で笑った。 それはまったくのお笑い草なのだ。 この山に住んでいる自分達から逃げ出せると、人間達は思っているらしい。戦いの途中なのに笑ってしまいそうだっ た。 逃げ出す事など出来やしない。 自分達は、この山について人間よりもはるかに理解しているのだ。最近、少しばかり変な場所も出てきてはいるが、 そんなものはこの山の中でもごく1部。山の全てを理解していると言ってもいい。 それに加え、人間よりも数十倍感度がいいこの鼻を使えば、1度出会ったものを再び追いかける事など造作も無いこ とだ。 リーダー格の1匹は他の2匹のリングマ達に、竜巻が収まったら一気に人間共を追いかけるぞ、と指示を出した。2匹 のリングマはそれに頷く。 これでいい。 これで、自分達の縄張りに無断で入ってきた人間達を、確実に仕留められるのだ。 リーダー格のリングマは、竜巻が収まるまで少しばかり休もうと思って、息をついた。 しかし、その時だった。 いきなり風の壁に穴があいた。 それは最初小さな穴だった。人間の手のひらほどの大きさで、本当に小さい。 しかし、一瞬後には、その穴は1匹のポケモンが入れるほどの大きさになり、次にその穴から何かが入ってきた。 リーダー格のリングマは、その穴から入ってきた『何か』を見た時、ありえない、と思った。 その風の穴からは、人間が使っていたスピアーが入ってきたのだ。 そう、竜巻の中に割り込んで、だ。 穴から竜巻の内部に入ってきたそのスピアーは、リーダー格以外の2匹のリングマを腕のニードルによって、一撃で 倒してしまった。 それを見た時、リーダー格のリングマは再び、ありえない、と思った。 そう、こんなことはありえないのだ。 竜巻の中に強引に割り込んでくるなど、こんな虫ごときに出来るはずが無い。竜巻に触れた途端に風に巻き込まれ、 どこかに飛ばされてしまうのがオチだ。 だが、現にこのスピアーは竜巻の風などものともせず、自分達がいる竜巻内部に入ってきた。 こんなことできるはずが無い。 そしてもう1つ。 スピアーが一撃でリングマを倒した。これもありえないことだった。 この竜巻に閉じ込められる前、スピアーは、何度も自分達に攻撃してきたが、その攻撃は貧弱で、到底自分達の体 力を減らす事はできなかった。 しかし、今、目の前にいるスピアーは、たったの2振りで2匹のリングマを倒してしまったのだ。 いったいどうやって、こんな短時間に攻撃力を高めたのだ? リーダー格のリングマは困惑した。 そして、今、このスピアーと戦うのは危険だと判断し、ここは1度退却する事に決めた。 後ろ歩きでじりじりとスピアーから離れ、距離を取る。 だが、逃げる事はできなかった。 現在、自分は竜巻の内部にいるのだ。ここから外に出る事などはできやしない。 はめられた、と思った。 これは人間達の作戦なのだ。竜巻に閉じ込める事で自分達の逃げ場を無くし、そしてスピアーをその中に突っ込ませ る。 そうすれば、自分達を一気にやっつけることができるだろう。 しかし、こんな作戦を実行するなんて人間達は普通じゃなかった。 スピアーを竜巻に突っ込ませる事なんてできるはずが無いし、自分達を一撃で倒せる事などできるはずが無い。 そしてもう1つ、できるはずがないことがあった。 スピアーを竜巻に突っ込ませた後、どのようにして人間は指示を出しているのだ? これは本当におかしかった。スピアーに事前に作戦を伝えていたとしても、さきほどリングマを倒した時のような、正 確な攻撃をするのは不可能だ。 自分達の急所を確実に突く、完璧な攻撃。あの攻撃はリアルタイムの人間の指示を聞いてこそ、できるものだ。 しかし、この竜巻の内部から外にいる人間の指示を聞くことはできない。竜巻の轟音で、外の音はかき消されてしま うのだ。 リングマは困惑した。 この作戦はできない事だらけなのだ。 リーダー格のリングマは、目の前のスピアーがこちらに飛び掛ってくるのを感じた。スピアーはその羽を激しく動かし て、こちらに飛んでくる。 リングマの頭の中には、人間の立てた作戦に対する困惑と、これから自分が倒されてしまうという恐怖でいっぱいだ った。 しかし、そう考えている間にも、物凄い加速度でスピアーが飛んでくる。 そして、コンマ数秒後、リングマはスピアーのニードルが自分の身体に突き刺さっているのを感じた。無論、その攻撃 も自分の急所を的確についてくるものだった。普通なら、人間の指示を聞かないとできないような攻撃。 リングマは、自分の体力が急速になくなっていくのを感じた。 自分の身体が倒れていく。体力がなくなり、戦闘不能の状態へとさせられたのだ。 リングマは最後に思った。 人間共は魔法でも使ったのか?と。 その疑問に答えてくれる者はもちろんおらず、リーダー格のリングマの身体はゆっくりと地面に倒れていった。 竜巻外部・・ ハクリューによって発生させられた竜巻が徐々に薄れていく中、ワタルは、作戦は成功したと思った。中からリングマ 達の鳴き声が聞こえなくなっており、おそらく戦闘不能になったのだと思われた。 作戦は大成功だ。 だが、一方で・・・・ ――あいつは大丈夫なのか・・・?―― ワタルは、自分から10メートルほど離れて立っているジェルブに視線を合わせた。ジェルブは、じっと立ち尽くしたま ま竜巻を見つめている。 とりあえず大丈夫のようだ、と判断して、ワタルはほっ、と息をついた。 そして、今、自分達が行った作戦について考え、すぐ、こんな作戦は使わなければ良かった、と思った。 この作戦ではジェルブと彼のスピアーが、危険に立たされてしまう事、必死なのだ。 ワタルは、作戦のことを思い返す。 5年ぶりに行った作戦というのは、こうだ。 まず、ジェルブのスピアーが「アインス」という合図と共に、リングマ達の足元に向かって『ミサイル針』を放つ。スピア ーから放たれた無数の針によって、リングマ達に一瞬でもいいから隙を作らせることが目的だ。 これが作戦の第1段階。 第2段階は、「ツヴァイ」という声と共に、自分のハクリューがその特殊な能力を使って、リングマ達の周りに竜巻を発 生させる、というものだ。 その竜巻は、別にリングマを倒そうと思って発生させたわけでない。逃げられないようにする、ということだけが竜巻 の本当の目的だった。 ただ、この竜巻が発生している間に逃げる、というのも1つの手だ。竜巻は数十分は続くように作られており、その間 はリングマも身動きできない。 だが、それは並のトレーナーが考える作戦だ。 このリングマ達は、何年もの間この山に住んでいる。そんな奴らから、逃げることはできない。追いつかれて、再び戦 うことになるに違いない。 なら、竜巻を発生させた後はどうするか。 その疑問に対する答えは、作戦の第3段階の中にある。 作戦の第3段階は・・・・・スピアーを、単体で竜巻の中に突っ込ませる、というもの一見無謀に思えるものだった。 こうすれば、竜巻に閉じ込められているリングマ達を一網打尽にできるし、時間も短縮できる。 しかし、だ。 これだけでは大きな欠点が3つ存在する。 1つは、竜巻に突っ込む際、スピアーに風のダメージ起こってしまうことだ。この風は通常よりも強く設定されていて、 普通ならこの風でスピアーはほぼ瀕死の状態になってしまうだろう。 だが、これはある工夫を用意していた。 その工夫とは、風の壁の1部分に勢いが弱い箇所を作っておく、というものだ。その箇所をスピアーが通ればダメー ジは激減するし、風で吹っ飛ばされることもない。無論、これはワタルのハクリューだからこそできる芸当だった。 そして、突っ込む際の工夫はもう1つあった。 それはスピアーに、ハクリューの技『バリア』をかけることだった。 物理的なダメージを減らすこの技なら、風によるダメージも減らす事ができる。 これら2つの工夫によって、スピアーが竜巻に突っ込む際のダメージをほとんど無くしたのだ。 1つ目の欠点はそれで解消される。ならば、2つ目の欠点は何か? 2つ目の欠点は、竜巻内部に入った後、スピアーが一撃でリングマを倒さなければならない、というものだった。 この作戦は奇襲作戦だ。一撃でリングマを倒さなければ、リングマ3匹のコンビネーションによって、スピアーはすぐ にやられてしまうだろう。 この欠点に対する対処法は・・・・・・これもまた、ハクリューの『バリア』を使う。 スピアーのニードルの周りに固い『バリア』を貼るのだ。 『バリア』という技は、ポケモンの周りに壁を発生させて物理的攻撃のダメージを軽くする、というものだ。 ということは、その『バリア』を張っているポケモンは実質固い体をもっていることに等しい。 それと同じ様に、スピアーのニードルの周りに『バリア』を発生させる事によって、ニードルの強度を上げたのだ。 強度を上げることができれば、比例してニードルの攻撃力を上げることができる。そうすれば、一撃でリングマを倒せ るような攻撃力をスピアーが持つことになる、ということだ。 ――最強の盾は最強の矛になりうる、か・・・・・―― ワタルはどこかで聞いた事があるような格言を思い出しながら、最後の欠点を思い返す。 最後の欠点は、竜巻の内部にいるスピアーが、外にいるジェルブの声を聞き取れない、というものだ。 竜巻の中に入った後、スピアーはリングマを一撃で倒さなければならない。しかし、攻撃力を上げたとしても、やはり それだけではリングマは倒せない。『急所』に当たる攻撃が必要となるのだ。 このためには、スピアーがトレーナーの指示を聞いて攻撃を行うしかない。 だが、ここで欠点が効力を発揮する。竜巻の内部ではトレーナーの声など聞こえることはできないのだ。 ならばどうするか。 この欠点に対する対処は意外と簡単だ。自分達の身体に備わっている『力』を使えばいい。 ――・・・・・ポケモンと心を通わす事ができる『力』か・・・―― ワタルは、何かしらの感慨深い思いに捕らわれた。それは久方ぶりにこの作戦を行った『懐かしさ』でもあり、またこ の作戦を使ってしまったという『後悔』でもあった。 そんな混ぜ合わされた思いを胸の底に押し込めていると、段々とハクリューの竜巻が収まってきたのが見えた。ワタ ルは早速竜巻内部に目を向けてみる。 竜巻の内部だった場所には3匹のリングマが横たわって倒れていた。どうやら完璧に作戦は成功したようだ。 ドサ! 急にジェルブが立っている場所から音が聞こえた。 ワタルは驚いてその場所に目を向ける。すると、ジェルブの身体が地面に倒れているのが目に入った。 「おい!」 ワタルは、倒れたまま動かないでいるジェルブの方に向かって、声を張り上げながら近づいて行く。 「・・・・大丈夫、大丈夫・・・・ちょっとめまいがしただけだって・・・・・」 ワタルが近くに腰を下ろすと、ジェルブは腕を使って起き上がろうとしながら、そう言った。しかし、その言葉とは裏腹 に、ジェルブは苦しそうに息を出し入れしている。 「・・・・・嘘をつくな。限界だろうが・・・」 「本当に大丈夫だって・・・・・さあ、リングマも倒したし、イエロー達を探そう」 そう言うと、ジェルブはワタルの制止も振り切って、急に立ち上がった。 そして、懐からポケギアを出す。どうやら地図をもう一度確認するつもりらしい。 ワタルは立ち上がり、ジェルブの手にあるポケギアを覗き見た。 赤い円がポケギアの画面上に浮かんでおり、それがイエロー達の居場所を示している。その円の中心点は、ちょうど 山の頂上だった。 つまり頂上を中心とした半径1キロメートル以内に、イエローとレッドの2人はいる。2人が移動していなければの話だ が・・・・ 「・・・・・それじゃあさ、二手に分かれよっか?」 「なんだと?」 ジェルブがこちらを向いて、あまりにも変な提案をしてきた。 二手に分かれる? ついさっき倒れた人物を一人で山に向かわせるなど、できるはずが無い。 そう思って反論しようとすると、ジェルブはそれを見越したかのように口を開いた。 「あ、お前、ダメだとでも言おうとしてるだろう?大丈夫だって、さっきはめまいがしただけ。本当にいけるから」 ジェルブは明らかに嘘をついている、とワタルは思った。 先ほどから肩で息をしているのは変わらないし、顔色も少しばかり悪い。 ジェルブは昔から、つらいことがあると反対に明るく振舞うというのが常だ。それを示すかのように、さきほどから口調 がかなり明るい。無理をしている証拠だ。 まったく、とワタルは溜息をついた。 ジェルブは、イエローを救う事だけしか考えていないのだろう。確かに二手に分かれた方が見つける確率は高い。 イエローは、ジェルブにとってただ1人の『愛すべき人』なので、早く救いたい気持ちも分かるが・・・・自分の身体のこ とを考えないのはいただけない。 「じゃあ、俺こっちから探すから」 「おい!」 「大丈夫、大丈夫。じゃな。」 ジェルブはこちらの制止を振り切って、勝手に森の中に消えていってしまった。 ワタルは早い所ジェルブを休ませようと思い、追いかけようとした。早く休ませないとどうなるか分からない。 だが・・・・・数十秒考え、やめた。 こうなるとジェルブはかなりの強情者だからだ。自分のことなど目に入らないで、猪突猛進にイエローを探そうとする だろう。 ワタルは、ジェルブが行った方向に目を向けた。もうすでに彼の姿は見えなくなっていた。 しかし、息を大きく吸い込んで大声を出す準備をする。 そして、口を限界まで広げて、叫んだ。 「ジェル!危なくなったら電話をしろ!!」 久しぶりにあだ名でジェルブを呼んでみると、予想外にも森の中から「分かった!!」という声が聞こえてきた。 それを聞くとワタルは、これでいい、と思った。これでいい。これで・・・・ ワタルは複雑な思いを胸に抱えながら、ジェルブが向かった方角とは反対の方向へと歩き始め、静かに森の中へと 消えていった。 補足説明・・ アンシュルス・・ドイツ語で「合体」「接続」を意味します。 アインス、ツヴァイ、ドライ・・これもドイツ語です。左から、「1」「2」「3」の意味です。
https://w.atwiki.jp/kiyotaka/pages/30.html
第18話 合宿 ~4日目―1~ 夢を見た。 どこかの建物の中、それも火事になっている場所に自分はいた。 今、目の前に広がっている景色が夢の世界だと分かっていた。さっきから目ではすさまじい勢いで燃え盛っている赤 い炎を捉えているのに、そのほかの感覚・・・・つまり、聴覚や触覚などがまったく作動していないからだ。目の前にあ る炎に対して、視覚以外の感覚が働いていないように思えた。火に対する熱さも、ぜんぜん感じていない。 まるで音が出ない映画を見ているような感じだった。こんなの光景は夢でしかありえない。 そう思って、彼女は首を動かして周りを見渡そうとしてみた。 だが身体はまったく動いてくれない。 神経がつながっていないかのように、指の1本たりとも動かなかった。 なおに目だけは周りの風景を捉えている。不気味なほどにはっきりと。 ここはどこだろうか? 周りは真っ赤な炎で埋め尽くされていている。ところどころで、黒焦げになっている壁や、柱などが見えるだけだ。どう やら自分は、燃え盛っている建物の中で倒れているようだ。 しばらく経って、彼女は首がかってに動いていくのを感じた。ゆっくりと横を向こうとしている。自分では動かそうとして いないのに・・・ 数十秒かけて真横を向く。最初に飛び込んできたのは何かの人の影だった。灰が広がっている床に倒れている。 いったい誰だろうか? 理由も分からずそんな思いにとらわれ、その人物を観察してみた。 その人物はぴくりとも動かない。髪の毛や服、そして顔全体などが真っ黒に焼け焦げている所から見て、どうやら、炎 にまかれて身体を燃やされた人物のようだ。よく見れば、片方の腕がなくなっている。来ている服はエプロンのように 思われた。 普通、こんなものを見たら、まっさきに悲鳴をあげてしまうだろう。 しかし、今はそれを見ても、不思議と恐怖は無かった。 これが夢だと分かっているからなのか、それとも、あまりにもひどい惨状なので脳が麻痺しているのか・・・ どちらにしても、ここまで顔が焼かれてしまっていては、この人物が誰かも分からない。 彼女は少し落胆し、着ている服などから何か分からないだろうか?と思って、もう一度エプロンのような服を見てみよ うとした矢先、首がまた動き始めた。 彼女はそれに抵抗した。まだ、倒れている人物が誰なのかわかっていないのに、勝手に動かれては困る。 彼女はなんとか首を元の位置に戻そうと懸命に努力してみるが、首はまったく従ってくれなかった。 ゆっくりと何十秒もかけて、首はある箇所で止まった。今度は人が普通に立っているのが見えた。 その立っている人物は手足も動いているし、炎に巻かれてもいない。どうやら生きている人のようだ。 いったい誰だろうか? またしても理由も分からずそう思ってしまい、彼女はその人物をよく見てみた。 しかし、先ほどから周りに出ていた、火災の時には必ず発生する煙――それも黒い煙が、今になって急に多くなって きた。 黒い煙が自分の目の前を覆い尽くしていく。 ついに視界はほぼゼロになってしまった。それを吸い込んで咳き込んだり、目が痛くなったりする事はなかったが、こ れでは遠くにいる人物はおろか、自分の手足自体も見ることが出来ない。 煙を振り払うには手を使えばいいだけなのだが、身体が動かせないのだからそれも出来ない。 いったいこの煙はどこから出てきているのだろうか?あまりにも多すぎる。 黒煙はしぶとく目の前に居続けていた。まるで自分が、あの人物が誰なのかを知るのを阻止しているようだった。 ふと、煙の合間から光が差し込んできた。 白い光で、それは日光のようだった。 それを見て、これは煙が晴れる印なのだろうか?と思った。 もしそうならありがたい。さきほど立っていた人物が、誰なのか早く知りたい。 光は、黒い煙の間に次々と割り込んできて、周りを明るくしていく。 しかしそれは、周りを明るくしていくだけでなく、だんだんと自分の目さえも覆い始めてきた。目の奥まで届きそうなま ぶしい光が差し込み、だんだんと目の前の景色が薄くなってくる。 それを感じて、まさか、と思った。 これは、自分を眠りから目覚める光なのだろうか?もう夢は終わりで、これから現実に戻ってしまうのだろうか? もしそうなら、あまりに理不尽だった。 自分はまだここがどこなのかも分かっていないし、炎の中にいた人物が誰なのかも確かめていない。こんな気になる メッセージを残したまま目覚めるなんて、夢という奴はなんて理不尽なのだろうか。 彼女がそう思い、なんとか目覚めないように努める。だが、光は容赦なく目を覆っていき、この夢の世界を終わらせよ うとしている。 ついに、光が目の前を白く染め上げていこうとする直前、最後に彼女の目に写ったのは、この火災の中で生きていた 人物の、黒色の髪の色だけだった。 ※ 「・・・・・・・・・・うん・・」 目を覆っていた白い光がだんだんと無くなっていき、自分の目が開いていくのを感じた。 なんだか頭が朦朧としている。夢の世界は終わり、急に頭が現実に引き戻されていった印なのだろう。 そう思って、先ほどまで夢を見ていた彼女――イエローは、自分の目に最初に飛び込んできた、ごつごつとした岩の ような天井を見て、びっくりした。 ――・・・・・・・・ここは何処?―― 自分の家の見知った天井でもなく、旅館の真っ白の綺麗な天井でもない。岩の集まりのような天井が上に広がって おり、ところどころで隆起している。 イエローは、とりあえず身体を起こそうと試みた。上半身だけでも起こして、周りの状況を把握しなければならない。 しかし、腕を使って身体を起こそうとした途端、背中に激痛が走った。口から「あぅ・・」と、嗚咽ともつかない声が漏れ る。 「イエロー、無茶するな」 激痛のせいで気が遠くなりそうな頭をなんとか保たせていると、急に近くで自分を呼ぶ声が聞こえた。 その声の主を確認する前に、イエローは地面に倒れるようにして寝転んだ。痛みのせいで起きる事はできない。 ふぅ、と息をつき、イエローは首だけを動かして声の主を確認しようと試みる。 「あつ・・・」 また、激痛が走った。 これでは首も動かせない。どうやら身体中に怪我を負っているようだ。 イエローは自分の身体の状態を確かめようと、目だけを動かして自分の身体全体を眺めてみる。すると、自分の身体 に赤いジャケットがかけられているのが分かった。 このジャケットの持ち主を知っていた。しかも、先ほどの声も、よく考えて見ると分かりすぎている位に見知ったものだ った。 「・・・レッド・・先生・・・?」 その声の主――近くにいるであろう、自分の恩師の名前を天井に向かって言ってみた。まさか、いや何故こんな所 に、という思いとともに。 すると、名前を言ったと同時に、その人物の顔が自分の頭上に姿を現した。 「ああ、俺だよ。身体は大丈夫か?」 イエローは、自分の頭の上で朗らかに笑うレッドの顔を見て、別の意味で気が遠くなってしまいそうだった。 旅館・・ 朝、旅館のロビーに置かれているソファの上で目を覚ましたグリーンは、身体を起き上がらせた途端に、玄関の自動 ドアへと走った。 ドアをくぐって外に出ると、まだ朝の空気が漂う中に旅館の従業員がいるのが見えた。何かの仕入れ中なのだろう か、食材の箱のようなものを運んでいる。 だが、グリーンはそれを無視した。かまっている暇はないのだ。 だいぶ外まで歩くと、グリーンは自分の目の前に緑深く広がっている幽玄岳を目に入れた。 幽玄岳は昨日からまったく変わっていなかった。この夏の時期に1日で劇的に変化するというのはありえないもの の、普通は木々の揺れや緑の深さ、空とのコントラストにおいて微妙に違っていることが多い。ここまで様子が変わら ない山は初めて見る。 グリーンは、そんな山の中にいる自分の友人と生徒の無事を案じていた。 昨日、レッドの申し出を受けた後、最初に行った作業は、部員達をなだめることだった。彼らはイエローが戻っていな い事実にいつの間にか気付いていて、すぐにでも山に向かって彼女を探そうと騒いでいたのだ。 一箇所に集まり、必死に捜索案を練っている彼らを見て、グリーンは何かしらの感慨深い思いに駆られた。1人の仲 間が戻ってこないというだけで、ここまで即座に行動できるとは・・・ だが、彼らを山に向かわせて、2人目、3人目の遭難者を出すことだけは避けなければならなかった。 山に向かおうと躍起になっている彼らを、もうすぐ暗くなるから、などの理由をつけて、なんとか旅館まで戻した。それ が確か午後7時ごろだったはずだった。 その後、部員のことはワタルにまかせて、グリーンは、ナナミ、ブルーを連れて山に向かった。3人が別々に飛行ポケ モンに乗って3つに分かれ、山の上空を飛び回り、イエローの姿を探したのだ。 その時間が7時半から10時ほどまで。 捜索の結果はさんざんだった。結局、山を飛び回っても何も成果は無かったのだ。手がかり一つも見つからなかっ た。あの山は遠くから見ればそれほど大きくないように見えるが、実際にはかなりの広さを誇っていた。森林は深く、 広い。その中から人1人を見つけることなど、針山から針1本を見つけるより難しい。 何の情報も得る事が出来ずに落胆して帰ってきたのは、午後の10時半。 旅館に戻り、ワタルから部員たちの様子を聞いた後、ブルー達とこれからのことを話し合った。明日の朝から探しに行 き、部員達は旅館で待機させるか。それとも探すことを手伝ってもらうか。 また、警察に連絡した所、『捜索は翌日の昼からになる』との回答が返ってきた。この場所は都会から離れており、し かも連絡が夜中という事で準備に時間がかかるらしい。だが、捜索してくれるだけでも大助かりだろう。 そうやって色々と話し合っていた時、ある事に気が付いた。 レッドが戻ってこないのだ。 いや、何よりおかしいのは、山の上空を飛びまわってイエローを探していた間、レッドとまったく会わなかったことだ。 彼はプテラで上空を飛び回って探しているはずなのだ。 山の中なら森林があるため、会う事は少ないだろう。だが、上空では視界も広いし、飛んでいる『音』で誰かがいるの が分かる。何時間も探していて1度もレッドに会わないのは少々おかしい。 レッドは歩いて山に向かっていたのか?と思ったが、さすがの彼でもそこまでバカではないはずだろうとその考えを捨 てた。歩きでは、絶対にイエローを見つけることなど出来ないし、自分が遭難してしまう可能性も出てくる。効率的に 探すなら、上空から探す方がいい事は彼も分かっているはずだ。 なのに、レッドは上空にいなかった。 レッドのポケギアに電話をしてみるものの、電話に出るのは機械的な声だけだった。ポケギアを壊したか、例の『電 波の届かない場所』にいるのだろうか。 どちらにしても結論で言えば、レッドもまた遭難してしまったと考えるのが無難だろう。彼がそんなへまをするとは思え ないものの、ここまで状況証拠を突きつけられるとさすがに認めざるをえない。 ただ疑問に感じるのは、レッドが遭難する理由が見つからないことだった。イエローの場合、山の中を歩いていたの で不可抗力でそうなるのも仕方ないが、レッドは空を飛んでいたはずだ。遭難する確率はぐんと減る。 なのに、彼は帰ってこなかった。 彼のポケモンに何らかの障害が起こってしまったのか、彼自身に何かあったのか・・・・ いや、もしくはイエローを見つけて、何らかの理由で山を下りられないのだろうか・・・? ヒュウ、と風が身体に吹き付けて、グリーンはハッ!とした。そしていつの間にか『答えが出ない問題』を考えている 事に気付き、頭を振った。 レッドが戻らない理由を推測しても確かな答えなど出るはずもないのだ。 グリーンは、ふぅ、と息をつき、今やるべき事を頭の中で整理し始めた。 レッドが戻らないという事実に対してやるべき事は1つ。彼とイエローの2人を探しに行かなければならない、というこ とだけだ。 戻らない理由を考えていても、レッド達が無事だと確認する事はできない。今は考える事よりも行動する事が大事な のだ。 グリーンは自分の腕についている時計を見てみた。 今の時刻は午前6時半。 すでにブルー達も起きているはずだ。朝早く、7時ぐらいから捜索を開始しようと、昨日の話し合いで決めていたの だ。 昨日、いつの間にかロビーのソファで寝てしまった自分とは違って、ブルーとナナミの2人は、旅館の部屋で寝ている はずだ。 ある程度まで幽玄岳を眺め終えると、グリーンは振り向き、旅館の入り口へと歩き始めた。 ――まったく・・・・・・―― 何故かは分からないが、なんだか、腹が立つような呆れるような・・・・そんな感情が歩いている間に沸き起こってき た。レッドがいなくなったことへの怒りか、それとも不安か。よく分からないが、とにかく今はそれを無視した。 グリーンは再び自動ドアをくぐって中に入った。 と、 「こ、これは・・・・」 ロビーに入った途端、グリーンは絶句した。 「おはよう・・・・・グリーン。」 「「「「おはようございます!グリーン先生!!」」」」 ブルーと一緒に挨拶をしてきたのは、50人を超えるポケバト部全部員だった。ロビー全域が埋まるかのように、整列 して座っている。 「ブルー・・・これはいったい・・」 自分に1番近くにいたブルーに、この状況の説明をしてもらおうと声を掛けた。するとブルーは反対に尋ねられたこと を心外に思っているような表情をした。 「何を驚いてるの?この子達が、無理矢理にでも捜索に加わるってことが、予想も出来なかったとか?」 「いや・・・・・」 確かに昨日の部員達の様子を見れば、次の日に捜索に加わろうとするだろうと思っていた。無理やりにでもイエロー を探しに行こうとするはずだ。 しかし、全員が集まるとは・・・・ 「この子達はね、誰に言われるわけでもなく、自分達の意思で捜索のために集まったみたいなの・・・・」 ブルーが部員達の方を見ながら、感慨深く言った。 それを聞いたグリーンは、昨日の晩、何人かの部員が自分を押しのけてでも山に向かおうとしているのを見た時、一 瞬だけ感じた感情がまた湧いて出てくるのを感じた。 しかし、それと同時に部員を連れて行くのは危険だという思いも表れ始めた。ここで部員を連れて行けば、誰かが遭 難してしまう可能性が出てくる。イエローやレッドの二の舞だけは避けなくてはならないのだ。 ここで、部員全員を山に向かわせるというのは・・・まずいかもしれない。 「グリーン?」 考え事をしているこちらに気付いたのか、ブルーが疑問顔で話し掛けてきた。 グリーンはそれに対して「だが・・・・」と答えて、ロビーに集まっている部員を見渡した。 「ここで部員全員を山に入らせて、イエローのように遭難されては元も子もない・・・・」 「グリーン・・・」 「グリーン先生!!」 部員達に向かって話していると、列の真ん中にいたゴールドが急に声を上げて立ち上がった。帽子を被ってリュック サックを背負っている彼は、今からでも探しにいける準備ができていた。少しばかり青い顔をしているのは気のせい だろうか? ゴールドはせきを切ったように話し始めた。 「先生!俺たちはイエローを探したいんッス!もちろん同じ事にならないように気をつけるし、時間になったらちゃんと 戻ってくる・・・・だから、お願いします!!」 「ゴールド・・・・」 グリーンはそう呟き、他の部員達が見ている前で頭を下げたゴールドを見た。 「・・・・先生・・・・」 ゴールドに続いてクリスもまた、真剣な表情で立ち上がった。 「・・・私たちはイエローさんの友達なんです。もちろん、先生が私たちを心配されている事も分かっています・・だけ ど、友達が危険に立たされたら、それを助けるべきではないでしょうか・・・・?」 グリーンはクリスの言葉に、ただ沈黙だけを返した。ゴールド、クリス、そして他の部員全員・・・・それら全てがこちら を凝視し、自分の言葉を待っているようだった。 ゴールドやクリスの言い分が分からないわけではない。自分の身の安全をも犠牲にして仲間や友達を助けようとする 気持ちも、痛いほど分かる。 しかし、だ。 しかしこれ以上、遭難者を増やすわけにはいかなかった。遭難する確率が低いとしても、それが無いということではな いのだ。可能性があるかぎり、それを無視することは・・ 「いいじゃない、グリーン。」 色々考えていると、横から見知った声が聞こえた。 とっさに振り向くと、そこにはグリーンの姉、ナナミの姿があった。いつもの長パンとTシャツだけを着て、背中にリュッ クサックを背負っている。捜索に入るつもりなのだろう。 ナナミは、常日頃から見せる微笑を浮かべながら、言った。 「あなたが生徒を大切に思う気持ちは分かるわ。私は保険医だから、その気持ちは何度も味わっている・・・・」 ナナミは、一瞬、悲しそうな顔をした。学園での保険医としての仕事を思い出しているのだろうか?保険医は生徒が 怪我をする場面を何度も見ているはず。日頃から、生徒のことを1番に考えているのは彼女だろう。 そして今も、彼女はいなくなった生徒のことを心配している。特にイエローは仲がよかったので、かなり心苦しくなって いるはずだった。 ナナミは、しかし、その悲しそうな表情を消し、今度は真剣な口調で続ける。 「・・・確かに、山に入れば遭難するかもしれない。山は恐いものだから・・・・・・けど、この生徒達は、そんな危険も顧 みずに友達を助けようとしている・・・あなたが、昨日からレッド君の身を案じているのと同じようにね。その思いは無 下には出来ないもののはずだわ。グリーン・・・何もかもが可能性や確立で判断できるものではないのよ・・・・?」 グリーンはその言葉を聞いて、何故自分の思っていることが分かったのか?と驚いた。 確かに、先ほどから自分は可能性や確率のことばかりを考えていた。生徒が遭難する可能性、イエロー達を見つけら れる可能性、生徒が無事に戻って来られる確率。そんなことばかりを考えていた。なぜ、姉に見破られてしまったの だろうか? いや、分かるものなのだろう。グリーンはそう思った。 家族とはそういうものなのだから・・・・・ 「・・・・・・・」 グリーンは腕を組んで考え始めた。その間にも、ブルーやナナミ、そして、ゴールドを含めた部員全員が、無言で見つ めてくる。 そんな周りの様子を見て、グリーンは、これでは自分が悪者のようだなと心の中で微笑んだ。部員達は全員山に行く 意思を示しており、ブルーやナナミもそれに反対していない。 それどころか唯一反対している自分自身も、この友達思いの部員達をいっしょに連れていかせてやりたいと思い始め ている。 自分が反対する理由は、部員が遭難する危険性から来るものだけ。 ならば、その遭難する可能性を少しでも少なくすれば・・・・ そう考えた途端、グリーンは今度こそ表情に出して自嘲した。また可能性のことを考えていた。さきほどナナミに、全 てを可能性で決めるべきではない、と言われたばかりなのに・・ どうやら、自分の負けらしい。 グリーンは、微笑んでしまった表情を引き締めて、いまだに答えを待っている部員達を見渡した。 部員達は、全員、真剣な表情をしている。 こいつらなら大丈夫そうだった。 「・・・・・・・いいだろう・・・・お前達にも手伝って貰う」 「本当っスか!?」 「ただし!」 ゴールドが喜びの声をあげるのを制止するように、グリーンは声を荒げる。 「ただしだ・・・・・・行動は4人1組で行うこと。絶対にはぐれたりしないように・・・・・イエロー、もしくはレッドを見つけた ら、何か理由が無い限りその場から動かず、すぐに連絡を入れること・・・・」 「先生!レッド先生も遭難したんですか?」 クリスが驚き声で尋ねた。 「ああ、昨夜から、イエローを探しに行ったきり戻ってこない」 その言葉に周りは一斉に騒ぎ始めた。どの顔も、あのレッド先生が・・・という気持ちがにじみ出ている。レッドは部員 達に『凄い人』と思われている。そのレッドが遭難した事に不安を感じているようだった。 しかs、グリーンはそのざわめきを「最後に!!」と言って、鎮めた。 「最後に、午後の5時までに戻ってくる事・・・・これらが守れない奴は捜索には参加させない・・・・・分かった な・・・?」 「「「「はい!!」」」」 最後の言葉に対して、部員達は口をそろえて答えた。 グリーンはその返事を聞いて、「・・・・今から10分後に出発する。準備は怠るな」と言って部員達を解散させ、自分は 踵を返して玄関へと向かった。背中から部員達の騒ぎ声が聞こえるが、ここはもうブルーに任せても大丈夫だろう。グ リーンは急ぎ足で外へと向かう。 ナナミの横を通る時、姉は自分がとった行動に対して、満足そうに微笑んでいるような気がした。 外に出ると、旅館の従業員が1人もいなくなっていた。おそらく、食材の仕入れも終わり、何十人と泊まっている宿泊 人への朝食の準備に追われているのだろう。 グリーンは朝の空気を肌で感じながら、顔を上げた と、ふと、ワタルが自分の目の前にいるのに気が付いた。 「ワタル・・・・・」 「・・・・・・」 ワタルは、名前を呼ばれてもそれを無視して、無言で幽玄岳を見つめていた。ここからでは顔が見えないので表情を 見る事はできないが、おそらく唇を固く結び、睨みつけるような顔をしていると思われた。雰囲気から言って、そんな 気がする。 「・・・・・・俺も・・・」 ワタルが口を開いた。こちらには背を向けたままだ。 「・・・・・俺も・・・・・捜索に加わろう」 独り言のように呟いたワタルの背中からは、その言葉をどんな表情でいっているのかまったく分からなかった。 が、ふと、彼の手が固く握りこぶしを作っているのを見て、グリーンは、彼もまた自分の友達の身を案じている1人な のだろう、と思った。 グリーンはただ「そうか・・・」と答えて、ワタルと同じ様に幽玄岳を眺めてみた。 幽玄岳は変わらない。自分たちを待ち受けているようにその景観を見せ付けている。 グリーンは目を細め、先ほどの部員達と同じようなことを思った。 ――・・・・・・お前は俺のライバル・・・・・・こんな所でくたばるなよ・・ レッド・・・・―― 捜索はもうすぐ始まる。 捜索中 ゴールド班・・ 現在時刻9時。 イエローとレッドの捜索が始まって、もう1時間半ほどが経過していた。 部員達は、飛行ポケモンを持っている者は空から、持っていない者は山の中を歩いて、2人を探していた。グリーンに よって捜索範囲を決定され、その中を徹底的に探す。文字通り、草の根を掻き分けるように。 しかし、いくら探せども2人の姿はまったく見当たらなかった。いったい2人はどこにいるのか・・・・まったく予想もつか ないことだった。 ゴールドは目の前にあった木の枝を手で押さえつけ、道を作った。 今、ゴールドと共に山の中を歩いているのは、クリス、シルバー、アカネの3人だった。クリスとシルバーは飛行ポケ モンを持っていたが、2人の持っているポケモンは長時間飛ぶにはあまり適しておらず、緊急のときだけに使うこと、 とグリーンに釘を刺され、やむをえず歩いていた。 旅館を出発して1時間半。今までずっとこの4人で捜索していた。 が、自分とシルバーは表面ではいつも通りにしているものの、クリスとアカネの2人はまったく違っていた。 「うちの・・・うちのせいや・・・・・」 「アカネさん・・・・」 この2人は、まるでいつもの元気が無かった。アカネはイエローを1人にしたことを激しく後悔しており、クリスは、自分 が勝負を仕掛けてしまったためにイエローがポケモンを捕る事に夢中になってしまったのでは?と、考えているらし い。 2人共、昨晩からずっと青い顔をしており、特にアカネは、時々呟くように自分を責め続けている。 ゴールドはそれに対して、お前ら2人だけのせいじゃない、と思った。 イエローが遭難してしまったのは、直接的に言えばこの2人が原因かもしれないが、間接的に言えば、責任はポケバ ト部全員にかかっているのだ。 その責任を果たすため・・・・そして、友達を助けるために自分達は、こうやってイエローとレッドを探している。 そうではないのか? そう言おうと2人に振り向いた瞬間、自分とは違う、別の方向から声がした。 「・・・・・お前達だけのせいじゃない。俺達全員の責任だ・・・・」 その声の主はシルバーだった。 ゴールドは驚いた。先ほど自分が思っていたことと同じ事をシルバーが言ったのだ。 ゴールドは思わず「シルバー・・・」と呟いてしまった。 シルバーはこちらを、ちらっ、と見たかと思うと、またアカネとクリスの方を向き、続けた。 「こんな行事を立てた教師達の責任かもしれない・・・・・・・イエローが、今年も1番をとるのではないか?と周りに期 待されていたことで、ポケモンを捕る事に夢中になってしまったかもしれない・・・・・・俺達が1日目の夜も、2日目の 夜も騒いでいたから、イエローが眠れず疲れていたかもしれないし、旅館の朝食が少なかったから空腹で倒れてしま ったのかもしれない・・・・・・」 珍しくシルバーが、多くを話している。 珍しいな・・・と思いながら、ゴールドは、クリス達が真剣な表情でシルバーの話を聞いているのを見た。 「そう考えると、責任というのは、イエローに関わってきた全ての人間に降りかかる・・・・・・・・お前達2人が、全ての 原因というわけじゃない・・・・・いくつもの要因が重なって、事件というのは起こるものだ・・・・・・」 そこまで言うと、シルバーはまた前を向き、歩き始めた。先ほどまでの饒舌とはうって変わって、今度は有り余るほど の寡黙さとなってしまった。 ゴールドは、シルバーがここまで真剣に事を考えているのに感心しつつ、あいつは2人を励ましたんだな、と思った。 人間というのは、責任がひとりにかかってしまったら、その責任に潰されてしまうものだ。だが仲間の中でその責任を 分け合えば、1人にかかる重さは少なくなる。 今回のことで言えば、確かにクリスとアカネはイエローが遭難する原因となったかもしれない。真実がどうかは知らな いが、今の所はその可能性が高い。イエローが遭難した責任は2人にあるかもしれない。 だが、シルバーが言ったように、その責任は2人で被るものではないのだ。責任なんていくらでも他に転換できるし、 極端に言えば全人類に押し付ける事だってできる。 そんなことより、今はイエロー達を見つけることが先決なのだ。責任なんて後々考えればいい。 その意味を示しつつ、シルバーは『お前達には仲間がいるんだから責任を1人で被らなくていい』という意図を込めて 言ったのだろう。 シルバーはそのことを、あまり素直に言ってはいないものの、言葉の端々で伝えようとしていた。そう思う。 ゴールドはそんなシルバーに感心しつつ、自分でもまた「そうだ!お前らだけのせいじゃない。そんなこと考えるより、 先にイエロー達を見つけようぜ!」と、明るい口調でクリス達を励ました。 2人は、一瞬きょとん、としたかと思ったら、自分とシルバーの言葉で吹っ切れたのか、すぐにいつもの調子に戻り、 やる気を出していった。 「・・・そうね、早く見つけないと!」 「2人が助けをまってるんやしね・・・・早くしやなね!」 先ほどまでの元気の無さをどこへやらといった様子で、クリスとアカネは、勢いよく歩いていった。 ゴールドはそれを見て、これで大丈夫だ、と思った。これでクリスとアカネは、少なくとも自分に責任を押し付ける事は ないだろう。あの2人が落ち込むなんて似合わない。あれでこそクリスとアカネ、だ。 そう思った途端ゴールドは、シルバー、クリス、アカネの3人がいつのまにか見えなくなっているのに気付き、すぐさま 3人を追いかけていった。 ――待ってろよ!イエロー!レッド先生!―― 捜索はまだまだ続きそうだった。
https://w.atwiki.jp/kiyotaka/pages/26.html
挿話 学校の七不思議 戦争が発生してしまったプールにおいて、それを静めさせる事に汗水をたらし、ぐちゃぐちゃになってしまったプールの 片付けを終え、グリーンの2時間にも及ぶ説教に耐え、精も魂も尽き果ててしまった折。 イエロー達はようやく帰路についていた所だった。周りはすでに暗闇。いくら今が夏だとしても、7時を過ぎているのだ からしょうがないだろう。 「あ~終わった、終わった。やっと帰れるぜ~」 前を歩くゴールドが、頭を両手で抱えながら言った。あの『戦争』をどうしようもないほど拡大させた張本人が何を言っ ている、とイエローを含めた全ての人達が内心に思う。 「もとはといえば、ゴールドがあんなことをするからでしょう」 その全員の思いを、クリスが代表して言った。そう、もとはといえば、グリーンが暴走している所にゴールドが参加し たから、あそこまで『戦争』が広がってしまったのだ。グリーンを暴走させた生徒全員に責任があるものの、ゴールド は特に悪いというべきだった。 しかし、ゴールドは手を振り、開き直った様子を見せる。 「あ~もうそれは聞き飽きたぜ」 「あのねえ・・・はあ、もういいわよ」 ゴールドの開き直りように、クリスはもう諦めてしまったらしい。まあ、しょうがない。ゴールドだって責任を感じている だろうし、あの『戦争』が面白くなかったものとは限らない。あんなことでも、長い学校生活の中ではあってもいいだろ う。 イエローはそう思いながら、まだ言い争いを続けているゴールドとクリスを見る。 今は、やっとのことで色々な後片付けを終えて、帰路に立っている所だった。一緒に帰るメンバーもいつも通りだ。ゴ ールド、クリス、シルバー、ジェルブ・・・そして、イエローを含めた5人で、暗闇の中を歩いていた。 イエロー達はまだ校舎の中にいる。今から校門まで向かい、そこからは道路を歩いていく。恐ろしく周りが暗い事を除 けば、いつも通りの帰り道となるはずだった。 しかし、それは見事に打ち崩される。 「・・・・・なあ、なんか聞こえないか?」 「はい?」 急にジェルブが立ち止まった。何かに耳を澄ますように目をつむり、そこから動こうとしない。 イエロー達は振り向き、ジェルブの様子を不思議に思う。 「どうしたんですか?」 イエローがジェルブに質問してみた。ジェルブは相変わらず目を瞑ったまま、何も主答えない。いったい、何が聞こえ るのだろう?自分の耳には何も聞こえないのに・・・・ 「・・・・ほら、聞こえる。これは・・・・ピアノか?」 「ピアノ?」 その言葉を聞いて、イエローもまた目を瞑り、耳を澄ましてみる。ジェルブの話だとピアノの音が聞こえるらしいが・・ 耳から入ってくるのは、風が吹く音、車が走る音、木々が揺らぐ音、誰かの話し声、そしてゴールドの「なにしてんだ よ」という言葉・・・・・それ以外には何もない・・・ そう思った瞬間、かすかにだが、イエローの耳にピアノの音が入り込んだ。 「あれ?・・・・・・おかしいですね。確かに聞こえます」 「だろ?・・・・まさか、まだ音楽室に誰か残ってるとか?」 確かにピアノの音が聞こえた。しかも、校舎の方から。 クラブなどがまだ続いているとは思えない。今はもう午後7時だ。クラブをやるには遅すぎるし、校舎の鍵のほとんど が閉められているはず。自分たちも、校舎に出る時はグリーンの付き添いで鍵を開けれたほどだ。 なら、この音はいったい何なのか?クラブ活動でもないのに、今の時間ピアノを弾く様な物好きが校舎に残ってい る?それは考えにくいし・・・ 「それはねえ~学校の七不思議よ~」 「わあ!」 「ブ、ブルー先生!」 急に話に入り込んできた人物に驚き、イエローとジェルブは驚きの声をあげる。 割り込んできたその人物は懐中電灯を顔の下につけて、まるで「お化けよ~」とでも言いたそうな顔をしていた。 そんなことをする人物は、1人しかいない。ポケバト部副顧問、ブルーだ。 「学校の七不思議?」 シルバーが珍しく口を開き、疑問の声を出す。そういえば、彼はブルーと喋っている姿がよく目撃されているが・・・何 か、あるのだろうか? ブルーは「そうよ~」と答え、続けた。 「この学校にはねえ、7つの不思議な現象が起きるのよ~しかも、それは全て解明されてない・・・・このピアノもその 1つなのよ」 ブルーの言葉を聞く内に、イエローは、まずいという衝動に駆られた。そう、このままではまずい。この周りの様子と、 ゴールドのテンション、はては皆の好奇心の多さを考えれば、まず行われる事がある。しかし、イエローはそれが苦 手、大の苦手だ。このままではまずい。なんとか話をそらさないと・・・ イエローは急いで口を開いた。 「・・・そ、それはまた不思議ですねえ~、あ!そういえば、もう遅いですし、帰られないと・・・」 「―――しろい」 「え?」 話の腰を折り、なんとかみんなを家に帰らせるように仕向けていると、今までピアノの音を黙って聞いていたゴールド が、顔を俯けたまま呟いた。 そして、ゴールドは勢いよく顔をあげ――その顔は、物凄い笑顔だった。 「おもしれえ!解明してやろうじゃねえか!なあ、皆!」 やっぱり・・・とイエローは思った。やはりこうなる。そして、自分を除く皆がこういうことには物凄く好奇心が高い人物 ばかりなので・・・・ 「へえ、面白そうだな。よし!俺も乗った!」(ジェルブ) 「・・・・・・まあ、いいだろう」(シルバー) 「・・・・だけど、夜の校舎に入って大丈夫なの?」(クリス) 肯定的な意見を示すジェルブに、どうでもいいという様子のシルバー。唯一反対意見(のようなもの)を出したのはクリ スだけだったが、それは次に聞こえてきた言葉によって、打ち崩される事になる。 「それは大丈夫よ~アタシとレッドがついてるから、見つかっても怒られないし」 まるでこうなることが分かっていた様な表情を見せるブルー。満面の笑みを浮かべながら、レッドもまたこれに乗って いる、と言う。 ――レッド先生・・・・・今だけは先生を恨みます・・―― レッドのことを少々恨みながらも、イエローは反対意見を出す事はできなかった。このテンションで校舎内に入ろうとす るゴールド達を止めるには、どんな言葉を用いても不可能に近い。さらには、「校舎に入っても怒られない」というブル ーの言葉のお陰で、クリスの反対意見も崩され、イエローの味方になってくれそうな人はいない。(クリスは、こういう ことには少し興味がある) これはもう・・・・・どんなことをしても、今から校舎内に入るに決まってる。 諦めるしかない、とイエローは思っていた。 「お~い、こっちこっち」 校門近くから正面玄関の方へと移動していると、玄関のドアの方から声が聞こえた。その主はレッドで、手に懐中電 灯を持ち、とても楽しそうな表情でこちらに手を振っていた。やはり、彼もこういうことが好きなのか・・・・ 「待たせたわね・・・・・・・で、グリーンにはばれてないでしょうね」 「ああ、それは大丈夫だ。アイツに言ったら、何言われるか分かったもんじゃないし・・」 「最近、アタシにまで説教するようになってきたしね・・・・・あ~、あの説教癖はどうにかならないのかしら」 どうやら、グリーンは今回不参加らしい。まあ、彼はこういうことを黙認するような人物ではないし、夜の校舎に入るこ と自体、許してくれそうにないだろう。 だが、グリーンがいるという可能性にに内心賭けていたイエローは、これによって確実に打ちのめされてしまった。 ――はあ・・・・・・―― 今から考えるだけでも気が重くなる。 だいたい、こういうことに関して自分は絶対的に苦手なのだ。 8月の始めにみんなと遊園地に言った時もそうだ。お化け屋敷に入っただけで倒れてしまった自分を、みんなは忘れ ているのだろうか?あの日以来、夜に1人で寝る事が少し恐くなり、さらには夜の道を歩く事にも恐怖を覚えるように なってしまった自分を、みんなは知らないのだろうか・・・? 知るはずもないし、遊園地のことも忘れているだろう・・・・・そういう人達なのだ。 「で、どこから行こうかしら」 「じゃあ、1つ目の不思議・・・・・『理科室に潜む、紫の影』から行くか」 イエローが落ち込む表情にも気付かず、ブルーとレッドはすでに校舎のどこに行くかを決めているようだった。あ~本 当に無責任な人達だ~と思いながら、イエローは2人の会話に耳を傾ける。 『理科室に潜む、紫の影』・・・・聞いた事もない話だ。 「はいはい!それはなんなっスか!?」 「あ~それはねえ~」 ゴールドの元気すぎる声に、ブルーが微笑みながら答える。ブルーの笑顔は、ある意味恐かった。なんだか、いつも よりもその笑顔に磨きがかかっているような気がする。 ブルーが続けた。 「あのねえ、ずっと前、この学校の理科室に真夜中にも関わらず入ってきた生徒がいたのよ。その子は理科室に忘れ 物をしてしまった。とても重要で、なくてはならないものをね。何かは知らないわよ? そして、理科室に入ったんだけど・・・・・・そこでその子が見た物は・・・なんと、紫の煙なの。そして、その煙を吸った その子は、その場で倒れてしまい・・・・朝方になって、倒れている姿が発見された、というわけ」 「ブルー・・・・お前の話し方、怪談に向いてないな」 明るい調子で話すブルーに、レッドは突っ込みを入れた。確かに、怪談を話すにしては明るすぎ、軽すぎの口調だっ た。この庫町で、もし心霊番組のナレーションをやったとしても、まず恐くない。 しかし、イエローにとっては・・・・・・話し方がどうとかより以前に、話の内容が、そしてこれからそこに行かなければな らないという事実が恐かった。 イエローは話の続きを気かないように、耳を塞いだ。 だが、話は指の間から聞こえてくる。ブルーがまだ話を続けているらしい。 「ま、これは生徒が言ってる事だから、そんなに信用できないんだけど・・・・行ってみる価値はあるでしょ。ほら、ゴー ルド!先頭を行きなさい!」 「え~なんで俺が・・・」 「つべこべ言わないで、さっさと行く!」 入り口から理科室に向かうため、ゴールドを先頭に次々と中に入っていく。イエローは、その波に乗らないで、こっそり 抜け出してしまおうかと思ったが、それは叶わなかった。ブルーが、どうやら1番最後を歩こうと思っているらしく、自分 が入るのを待っているのだ。 「ほら、どうしたの、イエロー。早く入りなさい」 「・・・・・・・はい」 結局、入らざるを得ないのだった。 校舎2階 理科室・・ 「ひゃあ~・・・・なんか、夜の学校って不気味だよなあ」 「そうだな、ちょっと雰囲気が違うよな」 ゴールドとジェルブが先頭を切って歩いている。この変な状況を少し楽しんでいるのか、所々を見渡しながら、「わ、す げえなあ」とか「全然周りが見えないな」とかなんとか喋りながら、理科室を向かっていった。 「・・・・・・」 その後ろでは、シルバーが無言で歩いている。しかしそれでも、夜の学校というのが珍しいのか、教室を覗き込んだ り、窓から外を眺めていたりしている。彼も、この行事を楽しんでいる1人だろう。 「おいおい、イエロー・・・・・大丈夫か?」 「だ、だいじょうぶです・・・・」 そして、その後ろにはレッドとイエローが並んで歩いていた。 レッドは夜の校舎なんかにはびくともしていない。普段からこうやって夜遅くまで仕事をしていると、前に聞いた事が ある。だから、こういうことも慣れているのだろう。 しかし、イエローは違っていた。 イエローは自分の頭に、恐いよ~、という恐怖心がありありと表れているのを感じていた。いや、それは表情にも出て いるし、震えている手などからでも、周りは推測できるだろう。その証拠に、先ほどからレッドが心配そうな顔でこちら を見ている。 「ラララ~♪」 「ブルー先生・・・・楽しみ過ぎです」 そして、この行事を1番楽しんでいるであろうブルーと、そんな彼女を見て呆れた顔をしているクリスが、イエローの後 ろを歩いていた。 数分間歩いていると、すぐに理科室前へと到着した。理科室には当然のごとく鍵がかかっており、普通ならドアは開 けられそうになかった。 「理科室」という標識を見上げながら、ゴールドが言った。 「ここが理科室みたいっスね」 「よし、早速入ろう!」 レッドは、そう言うやいなや、ポケットから鍵を取り出した。やはり、こういう時のために鍵を持ってきていたのか。 鍵はなんなく外れ、理科室への扉が開いた。 しかし、一同はそこで身体を固める事になる。 なぜなら・・・・・理科室から出てきたのは、あの『紫の煙』なのだから・・・ 「おわ!なんだこりゃ!」 「煙だ!煙!」 ゴールドとジェルブの驚く声が聞こえる。同時に「ちょ!・・これ、なに!」というクリスの声と、「く・・・窓を開けるぞ」と いうシルバーの声が聞こえた。レッドの「早く窓を開けろ!」とブルーの「何これ・・・?」という声も。 その中で・・・・イエローだけは何も言えなかった。 後者の前に聞いたブルーの話が蘇り、さらには今実際に起こっている『紫の煙』のせいで、頭が真っ白になってしまっ たのだ。悲鳴もあげられない状態へと、イエローはなっていた。 ――こ、こわい~・・・!!―― イエローはすでにパニック状態へとなりかけていた。 しかし、誰か、手を繋いでくれる人がいた。恐怖のために頭が真っ白になっている自分の手を、誰かが掴む。誰だ? いったい、この手は誰だろう? ただ、この手のお陰で頭のパニックが治まっていくのを感じていた。手のぬくもりが、不思議なほどに心の染み渡って いく。懐かしい、もしくは安心感というものが、パニックを治めてくれている。 「・・・・・あらら、これは」 だから、次に聞こえてきたブルーのセリフも、冷静な頭で聞く事ができていた。ブルーが、何にかに気付いたような言 葉を出していたのだ。 その頃には、紫の煙はだんだんと散っていった。外から新鮮な空気が補充され、紫の煙によってパニック寸前までに なっていたメンバー達は、徐々に落ち着きを取り戻していく。 「・・・どうしたんっスか?ブルー先生」 ゴールドが、いち早くブルーに質問する。そうだ。「これは」いったいなんなのだ? ブルーが理科室の中に入っていき、そして、ある1つのビンを床から拾い上げた。そのビンは、あまり大きくない、胃 腸薬でも入っていそうなビン。ラベルも何も貼っておらず、中身は空っぽだ。 ブルーは苦笑しながら口を開いた。 「これは、アタシが開発した薬ね~」 「「「「はい!?」」」」 全員がブルーに向かって疑問の声を投げかけ、彼女が持つビンを凝視する。ブルーはその視線を苦笑いしながら受 け止めるだけで、慌てるような素振りは見せなかった。 ブルーは続けた。 「これはねえ、アタシが開発した『催涙ガスもどき』なのよ。面白そうだから作ってみたんだけど、1ヶ月ぐらい前に行方 不明になっちゃって・・・まさか、こんな所にあるなんてねえ」 「それじゃあ、どうして夜にだけそれが・・」 クリスが言うと同時に、部屋の片隅で、カタ!という音が鳴った。何かが動いたような音で、全員が一斉にそちらを向 く。 すると、そこには・・・・・1匹のネズミがいた。 「・・・・これ、みたいね」 「ネズミ・・・」 ブルーが言うのに、クリスが呟く。 イエローも、ネズミを見たことで全ての察しがついた。 つまり、こういうことだろう。 ブルーは、開発した薬をここでなくしてしまった。しかし、それはちゃんとこの部屋にあったのだ。 そして、そのビンはネズミの住処の近くあったのだろう。夜行性のネズミは、夜になれば活動する。その時、走ったり して偶然にビンにぶつかり、中身をこぼれさせたのだろう。そうしてビンから出てきた薬は『紫の煙』へと変わり・・・・・ 理科室に充満した、ということだ。 その証拠に、ネズミがいた辺りには、ご丁寧に『催涙ガスもどき』というラベルが張ってあるビンが、何個もあった。 「・・・・・ハハハ」 「ブルー・・・・・お前って、どうしてこう・・」 乾いた笑いをあげるブルーに、レッドが突っ込みを入れる。それはここにいる全員が言いたい事だった。変な薬を開発 したこともさることながら、その薬をどこかに無くすという失態を犯したブルー。結局、今回も彼女が原因となって起き た問題だったのだ。 それを知ったイエローは、よかった、と思った。別に怪談でも何でもない。ブルーが起こした、いつもの『災難』なのだ。 そう思い、先ほどの恐怖心が急速になくなっていったのを感じると、いまだに感じる手のぬくもりに気付いた。 そういえば、紫の煙でパニックになっていたとき、手を繋いでくれたのは誰だ? そう思って、繋がっている手をたどっていて見ると・・・ 「ジェ、ジェルさん!」 「ん?なんだ?・・・・あ!ごめんごめん。手を離すの、忘れてたな」 ジェルブ、だった。 彼は、朗らかな笑みを浮かべながら、繋がっていた手を離す。急に失われた手のぬくもりに、イエローはなんとなく寂 しくなり、「あ・・・」と声を出した。 ジェルブはそれを別の意味に捉えたらしく、 「あ、別に変な意味で繋いでたわけじゃないぞ?お前、かなりパニックになってたから、落ち着かせようと思ってやっ たんだよ」 と言い訳をするように言った。そして、こちらの顔色を伺うようにのぞきこんでくる。勝手に手をつないだ事に対し、こち らが嫌な思いをしたと思っているのだろうか? だが、それは見当違いだろう。ジェルブが手を繋いでくれたお陰で、パニックにならずに済んだのだ。彼には、怒るど ころか感謝しなくてはならない。 ただ、ジェルブはそれを知らない。こちらの動向を探るような目をしてきて、少し不安そうな顔をしている。 その表情がいつものジェルブとは違った面を見せてくれていて、そのため、イエローは少しだけ笑ってしまった。 ジェルブはそれを見て、怪訝そうにした。 「な、なんだ?」 「いえ、なんでもないです・・・・・・ジェルさん、ありがとうございますね」 「あ、ああ、どういたしまして」 真面目にお礼を言うと、真面目に返してくるジェルブ。それがまた面白く感じられたイエローは、誰にも気付かれない よう「ふふっ」と声を殺しながら笑った。 「おい、なにしてんだ」 理科室の外から、ゴールドに声をかけられた。驚いて回りを見渡すと、いつの間にか自分とジェルブ以外のみんな が、全員外にでているのに気がついた。 「早く来いよ。2つ目に行くんだってよ」 「ふ、ふたつ目?」 2つ目という言葉を聞いて、イエローはオウム返しに尋ねた。2つ目・・・忘れていた。今は、『七不思議』を調べている 最中なのだ。七不思議というぐらいなのだから、7つの変な現象があるのだろう。先ほど1つ目を解決したのだか ら・・・・・あと6つも回らなくてはならないのか? イエローは愕然とした。あんな恐い思いを、あと6つも・・・・ 「そ、そんなぁ~・・・」 思わず呟いてしまったイエロー。一方、ジェルブは彼女の横で密かに「くくっ」と笑っていた。 2つ目の謎は『家庭科室の包丁音』というものだった。 ブルーの話によると、家庭科室には物凄く料理好きな霊がさまよっていて、その霊が時々料理を作っているとか・・・・ 「本当なのか?」 「本当よ。だって、この本にも書いてるし」 レッドの質問に、ブルーが1冊の本を取り出しながら答えた。その本は表紙に『学園の料理』と書かれている『普通』 の本だった。 「・・そこに書いてあったんスか?」 「そうよ。ほら、ここ」 ブルーが示したページには確かに『この学園では幽霊が出るときがある。十分に気を付けよう』と書いてあった。肉じ ゃがの作り方が載っているページの端っこの方だ。手書きの文字に見える。 しかし、こんな普通の本に七不思議が載っているなんて、あまりにも変だ。もしかすると、これはブルーが書き加えた ものかもしれないし・・・・ そうこうしていると、七不思議探索隊は、家庭科室の前に辿り着いていた。 そして・・・・・その家庭科室の中からは、確かに包丁の『トントン』という音が聞こえる。まな板の上で誰かが何かを切 っている。そんな音だった。 「本当にいるのかよ・・・」 「嘘っぽいな・・・」 ゴールドとシルバーが呟く中、ブルーが早速家庭科室への扉を開いた。 イエローは、扉が開く瞬間、少しだけ身を固くする。理科室のような出来事があれば、またパニックになってしまうかも しれない。 だが・・・・扉を開けても、何も変わる事はなかった。変なものは出てこないし、家庭科室の中には何もいなかった。 「・・・・?おかしいわね。何もいないわよ」 先に部屋に入っていったブルーから、疑問に満ちた声が出される。 ブルーの後に、レッド、ゴールド、シルバーの順番で入っていくが、彼らが入っても、何も変わることはなかった。それ に続いてクリス、ジェルブ、イエローが入るが、何も変化はないし、確かに部屋の中には何もいない。 ただ、包丁の音が止まっていないことも確かだった。部屋には誰もいないし、包丁を使っているような霊もいない。だ が、音だけが聞こえる。なんだか・・・・不気味だった。 しかし、 「・・・・・どうやら、これが『料理好きの霊』の正体らしい」 そう呟いたシルバーがいた場所は・・・・・水道のパイプがある場所、加えて、まな板が乾かされている場所でもあっ た。 つまり、天井に水道のパイプが通っていて、下にまな板があるということだ。パイプからは微妙に水が漏れている。滴 り落ちた水はまな板の上に落ち・・・・それが、包丁を叩く音に似ただけらしかった・・・・ 「・・・・・ブルー」 「ほほほ・・・・」 レッドの震える声に、ブルーは乾いた笑い声をあげる。やはり、というか・・・あの本に書いていた文字は、ブルーが書 いたものなのだろう。『家庭科室に幽霊が出る』なんていううわさでも聞いて、勝手に七不思議に加えてしまったのだ ろう・・・・・こういうことはしないで欲しい。 「つ、次に行くわよ!」 慌てた様子で部屋から出て行くブルーに、イエローを含めた全員がため息をつくのだった。 「つ、つかれた~」 大声をあげながら廊下に座り込むゴールド。暗い道の上で、何の躊躇もなく座る彼は、壁に寄りかかって身体を休め ていた。 「もう、6つも回ったからな~」 そう言ってゴールドの隣に座ったのはレッドだった。彼は、いつも被っている帽子をうちわ代わりにして身体に風をそ そぎ、暑さに耐えようとしている。夜になっていくらか気温が下がったとはいえ、まだ少しばかり暑かった。レッドの額 にも、うっすらと汗がにじみ出ている。 イエローはその2人の様子を見ながら、壁に寄りかかった。しかし、自分がはいている長ズボンが気になってきたた め、ズボンをパタパタと引っ張る。新鮮な空気が外から供給され、それが身体を冷やしてくれた。 だが、にじみ出る汗がズボンと身体をくっつけているのはどうも否めない。これはなかなか気持ち悪い。こういうとき、 男物の制服は不便だと思う。 他のメンバーも、同じようにして休息を取っていた。 「あと1つ・・・・よね」 スカートをはいているために少しだけ涼しそうな顔をしているクリスが(それでも汗は出ている)、誰に言うでもなく呟い た。あと1つ。つまり、七不思議の最後の1つだ。 それに答えたのはレッドだった。 「そうだな・・・・・・ブルー、もう今までみたいなのは・・・ないよな?」 話の矛先を向けられたブルーは、「も、もちろんよ」と強く答えた。しかし、それはなんとなく強がり、もしくは慌てての 物だと、イエローは感じた。 レッドが言う『今まで』とは・・・・これまで回ってきた、6つの謎のことだった。 まず3つ目・・『走る人体模型』 ブルーによれば、「真夜中にいきなり人体模型が走り出す」という、非常にポピュラーなものだったのだが・・・・真相 は、幽霊ポケモン『ゴース』がのり移った人形が走り回っていただけ、だった。(それはそれで結構恐かった) 4つ目の『プールに浮かぶ、緑色の怪物』は、真夜中のプールに巨大な緑色の怪物が出るというものだった。 だが、これもまたブルーが原因になって起こされたもの。ブルーの作った薬が原因となっていたのだ。 彼女が開発した薬――ブルー曰く『巨大化の薬』――を緑色の生物・・・カエルが飲んでしまい、巨大化してしまっ た。それが真夜中に出現し、七不思議の1つとなったというわけだ。 実際にプールまで行くと、巨大化したカエルに遭遇してしまい、物凄く驚いた。 だが、巨大化するのはたったの10分だけなので、それほど被害が出たわけでもなく、カエルの住みか近くにあった 『巨大化の薬』のビンを回収し、それは解決した。 5つ目は・・・・『屋上に出た怪鳥』。大きな鳥が屋上に出現するというものだ。 しかし、これも4つ目と同じく、巨大化の薬を飲んだ鳥が屋上に出るだけの話だった。巨大な鳥は見つからなかったも のの、屋上に散らばっている薬のビンがあったのだ。 そして、6つ目は・・・『魔の13階段』だ。 普通は12段あるはずの階段が、真夜中に昇るとなぜか13階段になるという・・・・摩訶不思議なもの。 これに対しては、学校中の階段を昇って確かめてみた。3つの班に分かれて、何度も何度も階段を昇った。それが、 今こうやって廊下に座り込み、休憩している理由なのだが・・・ なぜ、ここまで疲れているか。 それは、何も出なかったから、だった。 そう、何回階段を昇っても、どんなやり方で昇っても、階段は12段のまま。いつまでたっても13段にならなかったの だ。 最終的には全員が諦めてしまい・・・・・・・今のような疲労困憊の状態となったのだ。 これに関してブルーは「まあ、たまにはこういうこともあるわよ」なんてことを言っていたが・・ 「結局、本当の幽霊とかいないんじゃないっスか?」 廊下に座り込んでいるゴールドが、ブルーに向かって言った。 確かに、今までの七不思議は全て、化学とか物理とかで説明できるものばかりだった。さらには言えば、6つの内の 3つがブルーに関係している。もしかしたら、最後の1つも彼女によって引き起こされた事かもしれない。 それは、ブルー以外の全員が考えていることらしく、全員がゴールドの言葉に頷いていた。 しかし、ブルーはめげずに反論する。 「だけど、最後の音楽室の謎は、実際にピアノの音を聞いたでしょ?」 ブルーの言葉に、全員が顔を俯けて考える。確かに校門前にて、本当にピアノの音を聞いた。今は聞こえなくなって いるものの、音楽室に何かがいるのは間違いない。(ブルーが関係しているという可能性も、ないわけではないが) レッドが顔を上げて言った。 「じゃ、それは実際に確かめるってことで・・・・・行くか?」 その言葉に、イエロー以外の全員が頷いた。 「よし、行こう」 レッドが先頭を切って歩き始めた。その後ろをブルーやゴールド、ジェルブ達がついていく。皆、半信半疑ながらもこ の活動自体を楽しんでいるような気がした。 そんな姿を後ろから見ながら、イエローは思った。 これ以上は行きたくない、と。 なぜなら、物凄く恐いからだ。これまでの6つは、お化けが原因でなくてもかなり恐かった。プールで巨大カエルを見 た時は気を失いそうになったし、階段を昇っている時はいつ13階段になるビクビクしていた。人体模型が動いた時 は、腰が抜けた。 そんな恐い思いをしているのに、またこれから音楽室に行くのは、本当に嫌だった。 「「イエロー、早く来いよ」」 「あ、はい・・・・」 前の方からジェルブとゴールドに呼ばれ、イエローは嫌々ながらも歩き始めた。いくら行くのが嫌だとしても、ここまで 関わったら(もしくは巻き込まれたら)、ついて行くしか道はない。だいたい帰ろうとしても、こんな暗い学校の中を1人で 歩く事は・・・・まず、できない。 「はあ・・・・」 イエローはため息をつき、とぼとぼと廊下を歩いて行った。 『音楽室の演奏者』 これが最後の七不思議だ。この謎は目撃、証言共に多く、さらには音楽室の教師が何度調査しても原因は究明され ていないというキワモノだ。 夜、それも午後7時から午後9時の間、誰も居るはずのない音楽室からピアノの音が聞こえる、というものだ。さらに は午前0時から午前2時の間にもそれが聞こえた、という証言もあり、原因などはまったく解明されていない。 今の時刻は午後8時。ちょうど、ピアノが鳴る時間帯だった。 「だけど、なんでまた7時から9時の間しか起きねえんだ?」 「さあ、幽霊にも事情があるんじゃない?」 ゴールドとクリスが歩きながら話している。その話の内容に『幽霊』という単語が出てきたとき、イエローは人知れず 身体をビク!とさせていた。 音楽室まで、7人という集団が歩いている。目的地まではそう遠くない。先ほど休憩していた廊下からは、歩いて3分 ほどだ。 先頭を歩くレッドが持つ懐中電灯の光が、明るく辺りを照らす中、イエロー達はゆっくりと歩き続けていた。 そして、音楽室に近づくにつれ・・・・・ピアノの音が、小さいながらも聞こえてきた。何かの曲を弾いているのか、音階 が違う連続音が聞こえてくる。 イエローはその音を聞くと、目にも分かるほど顔を青くしていった。 「へえ・・・・一応、本当にいるみたいだな」 ジェルブが楽しそうに言った。彼は、こういうことは本当に好きらしい。 「・・・・『エリーゼのために』」 急に、今まで黙っていたシルバーが、何かの題名を呟いた。ゴールドが「はあ?」と聞き返すと、シルバーは「・・・こ の曲の題名だ」と付け加えた。どうやら、今音楽室から聞こえてくる曲の題名らしい。 「お前・・・・なんで知ってんだ?」 「普通なら知っているはず。この曲は有名所だ」 「ふ~ん・・・・」 ゴールドとシルバーが話をしている間に、聞こえてくる曲が変わった。さきほどの曲とは違って、非常にゆっくりとした ペースと、ピアノ独特の優しい音が流れてくる。なんとなく、悲しげな曲だ。 ゴールドが再びシルバーの方を向いた。 「これは?」 「・・・・・ベートーヴェン、ピアノソナタ作品13『悲愴』第2楽章・・・だ」 すらすらと答えるシルバーに、全員が驚きの表情を浮かべた。曲名を知っている事もそうだが、音楽室から聞こえてく る小さな音だけで何の曲か分かるのは・・・・相当、音楽の知識があるとしか思えなかった。 「すごいな、シルバー」と、ジェルブがほめると、シルバーは「・・・たまたま知っていただけだ」と顔を背けた。 その反応を見て、ジェルブは苦笑を浮かべるだけだった。 音楽室の扉の前に着くと、いよいよピアノの音は恐怖の音へと変わっていった。綺麗な音で演奏されている曲は、イ エローの中ではすでに『恐いもの』でしかなかった。早くここから立ち去りたいと、イエローは思った。なんだか嫌な予 感もする。 「よし・・・・開けるぞ」 レッドが先頭となり、ゆっくりとドアが開かれる。「押」「引」式の扉は、手前に引くとすんなりと開いた。かぎは、かけら れていなかった。 きいっ、という音と共にドアが開き、レッドが最初に部屋へと入っていく。その間にもピアノの音はやまない。 続いて、ゴールドとブルーが静かに入っていった。緊張を持った表情をしていたが、それでもこの状況を楽しんでいる ような印象があった。 同じ様に7人全員が入る。全員が、音を立てないように慎重に入っていった。 だが、最後のイエローが音楽室に入ると同時に・・・・ピアノの音が、やんだ。 「誰だ、そこにいるのは」 突然、ピアノがある場所から聞こえてきた声に、全員が、え?と思った。おかしい。しゃべる幽霊なんているのだろう か?しかも、この声には聞き覚えがある・・・ イエローは「まさか・・・」と呟いた。嫌な予感は・・・・どうやら、当たっていたようだ。 「ま、まさか・・・・・グリーンか?」 「その声はレッドだな・・・・いったい、こんな時間に何をしている」 ピアノの影から姿を現したのは、私服姿のグリーンだった。声を出してしまったレッドを睨みつけると、今度は音楽室 全体を見渡していく。 「どうやら・・・・あと6人いるようだな、でてこい」 見事人数を言い当てたグリーン。その気配と圧迫感はすさまじく、イエローを含めた6人全員が立ち上がらざるを得な かった。ゴールド、クリス、シルバー、ジェルブの生徒陣はすまなそうな顔をし、教師であるブルーは、グリーンとは決 して目を合わせようとしないで、ゆっくりと立ち上がった。 全員の顔を見回したグリーンは、一息、ため息をついた。 「まったく・・・・・何をしていた。もう8時を回っているぞ」 「グリーン先生こそ、なんでピアノを弾いてたんスか?」 怒られるとでも思ったのか、ゴールドが勇敢にも尋ね返していた。声が震えているのは気にしないでおこう。 グリーンは、「何?」と言ってゴールドを睨みつける。それを受けたゴールドは「い、いや、その・・」と萎縮してしまっ た。 そんなゴールドから目線を外したグリーンは、今度は「ふぅ・・」とため息をついた。 「俺は、ある生徒にピアノを教えていただけだ。ちゃんと許可は取って、午後7時から8時ぐらいまでな。もう、その生 徒も帰っている」 「なんでまた・・・・」 レッドが半分疑問、半分畏敬が含まれた声で、言った。 グリーンはレッドの方を一瞥すると、さらに続ける。 「1ヶ月ほど前、その生徒が俺に『ピアノを教えて欲しい』と言ってきた。最初は、そんな暇はないと言って断ったが、 あまりにも熱心に願ってきたので、結局こちらが折れて、用事がめったに入らない7時から9時ごろにピアノを教えて いたんだ・・・・今、俺が弾いていたのは、その生徒に教えていたものだ」 そう言い切り、一旦息をつくと、グリーンは矛先を返すように「さあ、今度はお前達がここにいた理由を教えて貰おう か」と言った。 急に返された矛先にレッドはうろたえつつ「い、いや・・・・夜中にピアノの音が聞こえるって聞いて、調べに来ただけ で・・・」と声を絞り出した。しかし、グリーンはあくまで冷静に「生徒を連れてか?」と追い詰めて行く。 「そ、それは・・・・」 後は苦笑いを浮かべる事しかできないレッドは、徐々に後ろに下がって行った。グリーンはいつも通りの冷たい表情 で全員を見渡して行く。そして、ブルーがいる場所で視線を止めると、「ブルー、お前が発案者だな」と厳しい声を出し た。 いきなり話し掛けられたことに驚いたブルーは、 「そ、そんなことあるわけないじゃない!アタシはただ・・・」 「ただ?」 「た、ただ・・・・・・アハハ・・・」 やはり笑う事しかできないブルーは、グリーンの冷ややかな視線から逃れるように、やはり半歩ずつ下がっていく。 それをしばらく見ていたグリーンは、またため息をついた。 「まったく・・・・・説教は明日だ。今日は早く帰れ」 「「「「「「「は~い・・・・」」」」」」」 全員が返事をし、一斉に出口へと向かっていった。 やっと帰れると思いつつも、イエローはその波についていく。 イエローは1番後ろを歩いていた。 「そういや、音楽の先生は知らなかったみたいっスけど・・・」 「何?・・・・・まったく、音楽の教師には頼んでおくよう、姉さんに言っておいたのに・・・・姉さん、忘れたな・・・」 前の方でゴールドとグリーンが話しているのが聞こえる。イエローはそれを聞きつつ、集団の最後を歩いていた。 ゴールドとグリーンの会話はまだ続いていた。 「それにしても、グリーン先生はすごいっスね。夜中の12時ぐらいまで、生徒に教えてたんスか?」 「何を言っている。俺はそんな時間までここに残っていない。家に帰って、寝る準備をしているころだ」 「へ?その時間帯にもピアノの音が聞こえたって、誰かが・・・・」 「ここの鍵は閉めているぞ」 「ま、まじっスか?」 その会話を聞き、イエローはえ?と思った。まさか・・・・夜中の0時から2時に聞こえていたピアノは、グリーンのもの ではない? それに気付いた途端、イエローの目の前で、音楽室の扉が閉まった。 「え、ええ!!」 突然、しかもひとりでに閉まってしまった扉に、イエローは大声をあげた。自分以外の全員は、すでに部屋の外へと 出てしまっている。つまり、自分だけがこの音楽室に取り残されてしまったのだ。 ドアを引いたり押したりするが、それが開く事はなかった。固く閉ざされていてびくともしない。 「イエロー!」 「イエローさん!」 ジェルブとクリスの声が聞こえる中、イエローは何とかしてドアを開けようと試みる。 しかし、それはまったく開かない。 どんどんとドアを叩いたとしても、なんの効果もなかった。外で誰かが扉を開けようとしている気配が感じられたが、そ れも無駄に終わっている。 そして・・・・・・イエローは、背後に何かがいるのを感じ取った。 すばやく振り返り、気配がする場所を見た。すると、そこにいたのは・・・1人の少年だった。 「あ、ああ・・・」 驚き、さらには恐怖により、イエローは叫び声も助けの声も出すことができずにいた。 こんな少年は、今までいなかった。絶対に。 少年は、自分より少しだけ低い身長をしていた。普通の半ズボンにTシャツを着ていて、髪の毛は短い。一見すると、 普通の子供に見える。 しかし・・・・決定的に違う場所もある。 少年の身体は・・・・・透き通っていたのだ。 「あ、あ・・・・」 声を絞り出すが、恐怖のためにちゃんとした言葉が出せない。ドアの向こうから「イエロー、どうした!」というレッドの 声が聞こえたが、それに返事をしている余裕もなかった。 イエローはドアに寄りかかり、地面にぺたりと座り込んだ。 そして透き通った少年は・・・・ ニコ 笑って・・・・・消えた? その少年の身体は、跡形もなく消え去っていった。微笑を残したまま、何かを伝えることもなく。 それを見た瞬間、イエローの意識はひとりでに飛んで行った・・・・・ 次に目覚めた時には、自分は校舎の外まで運ばれていた。レッドが言うに、自分が倒れた気配がしたと同時に、扉 が開いたらしい。ちょうど、少年が消えた瞬間に。 少年の話をすると、反応は人それぞれだった。 ゴールドは「おいおい、なんで俺は見れねえんだよ~!」と悔しがり、 クリスは「うわぁ・・・イエローさん、恐かったでしょう?大丈夫ですか?」と心配がり、 シルバーは「・・・・・そいつはピアノが好きみたいだな」と少年のことを推測し、 ジェルブは「へえ・・・・俺も見たかったなあ」と羨ましがり、 レッドは「今度は別の七不思議でも調べるか?」と何か奇妙な本(『学園の七不思議』というタイトル)を取り出し、 グリーンは「・・・・」と何も言わず、(おそらくレッドを呆れているものと見られる) そして最後にブルーは 「なんで写真に撮らないのよ!」 と、理不尽な怒りを向けてきた。 誰一人として幽霊を恐がるような素振りを見せない。こんな仲間達にイエローは再び「はぁ・・・・」とため息をついた。 そして、考えてみた。なぜ、少年が自分だけにその姿を見せたのか。そして、なぜ笑ったのか。 ブルーはこの事に対し、「その子はイエローが気に入ったのね。多分、みんなと遊びたかっただけなのよ」と言ってい た。 そうなのかも、と思いつつも、イエロー自身、少年がなぜ自分の前に現れたのかは分からなかった。本当に遊びたい だけなら、みんなの前で出てくればいいのに・・・・だいたい、あの微笑みの意味は・・・? とにもかくにも、結局は学校から去る事になったイエローは、帰りの道中にて、今回の『七不思議騒動』を通しての教 訓を得ていた。 それは、 『真夜中の学校には絶対に入らないでおこう』 というものだった・・・・・ ※ 本当に何かが起こるので、やめておきましょうね?(作者は体験済)
https://w.atwiki.jp/kiyotaka/pages/23.html
第12話 誕生日前 ~イエローの回想~ 今朝のイエローは、少し違っていた。 イエローの朝というのは、 いつもクラブで暑い中を走り回るしんどさや、 家に居ても暑いからクーラーをかけっぱなしで、だけどそれの電気代が心配だったりすることや、 ゴールドがちょっとした失敗をして運動場に大きな穴(推定3メートル)をあけてしまい、それを埋めるために毎日作業を しなければならないことなどなど・・・・ 終業式から2週間程経っても、色々と疲れを発生させるものがあるせいで、いつもは朝っぱらから暗かったのだが、 今日は違っていた。 今日は、うきうき気分で電車に乗ろうとしているところを、周りの人に目撃されていたのだ。 なぜ機嫌がいいか。 その理由は、 「ゆうっえんっち、遊園地~♪」 という、駅のホームでイエローが変な歌を歌っているところから、簡単に想像することが出来るのだろう。 2日前・・ 「はあ~・・・・」 ポケバト部の活動は、夏休みの間でももちろんある。朝から昼までと、昼から夕方までとの2種類に分かれていて、 今日は昼からの方だった。 だが人の集まりは悪く、クラブの後半を迎えた今でも全部員の3分の1程度しか来ていない。加えて、レッドもまだ顔 を見せておらず、これではクラブを行うことは難しいのだろう。 しかし、先ほどから溜息ばかりをついているイエローの表情は、そんなことが原因とは考えにくかった。 「イエローさん・・・・どうしたんです?さっきから溜息ばかり・・」 クリスはそう思って、イエローに尋ねてみた。 今日のイエローはおかしい。朝からずっと溜息ばかりを吐いてるし、体の動きにもハリが無い。いつもの笑顔もなりを 潜めており、部員が来ていないからという理由だけでは片付けられないほど、イエローの様子は変だった。 何かあったのだろうか? そう思いながらクリスはイエローに尋ねたが・・・ 「いえ、ちょっと・・」 と、イエローはただそう言うだけで、決して理由を話そうとはしなかった。深く尋ねてみようとしても、逃げるように背を 向けて離れていってしまう。 だが、 「はあ・・・・」 自分から離れていくと同時に、また溜息をついていた。 ――どうしたのかしら・・・?―― イエローの溜息の理由がまったく予想できない。あそこまで暗い表情を見たのは久しぶりのことだった。 「ふぅ・・・・」 そんなイエローの様子を見て、自らもまた溜息をついてしまいそうになったクリスは、 とりあえず、その事は後に置いておくことにした。もうすぐで部活も終わる。今は練習に集中し、終わった後にでもゆっ くり尋ねてみればいいだろう。 そうやって練習に戻ろうとしたクリスは、後何分で終わりだろうか?と腕時計を見てみた。 ――4時・・―― 今の時刻が4時。部活が終わるのが5時なので、残りは1時間ほどのようだった。 と、そこで頭に何かが引っかかった。 クリスはもう一度腕時計を見てみた。 腕時計はデジタル式のものなのだ。真ん中に大きく時刻が表示されていて、隅の方に日付などの細かいことが表示 されている。 頭に引っかかったのは、その日付の方だった。 クリスは、今日の日付を確認してみた。 ――え~と・・・今日は8月6日?・・・・・・・あれ?何かあったような気が・・―― 8月6日。 その数字に何かある。 頭の中から、8月6日という日付に関しての記憶を引き出してみたが、何も思い浮かばなかった。 もしかしたら、6日ではなく、その付近の日付に何かあるのかもしれない。 そう考えていると、急に、先ほどのイエローの溜息が思い浮かんだ。 あんな感じの溜息を、自分もやっていたような気がするのだ。確か、7月の後半、夏休みに入る前・・・・ クリスはしばらくの間、腕を組んで考え込んでいた。 そして、数分後・・・ 「あーーー!!!!」 物凄く大きな声があたりに響き渡った。 この声に驚き、近くの部員が次々に彼女の方を見る。 「あ、ご、ごめんなさい。なんでもないんです・・」 自分が叫んでしまった事に気付いたクリスは、必死に周りの人に弁解した。気がつくと、運動場のほとんどの人物が こちらを見ている。ゴールドさえも、「何してんだアイツ?」という顔で見てきていた。 恥ずかしくなったクリスは、すぐにそこから離れた。そして、ある程度まで周りの視線が無くなると、先ほど思い出した ことを反芻してみる。 ――そうか・・・・・あさってはレッド先生の誕生日だった―― 8月8日は、ポケバト部の顧問レッドの誕生日。 すっかり忘れてしまっていた。 そして、それを思い出すと同時に、今日のイエローの様子がおかしい理由も察しがついた。 イエローは、8日の誕生日にプレゼントを渡すつもりなのだろう。 しかし、何を渡すべきか、もしくはどうやって渡すべきかで悩んで、ああやって溜息ばかりを・・・ ――そっか・・・・あれは7月24日の私と同じだったわけね・・・―― フフ、と少し笑ったクリスだったが、次に思い出されたのは去年の8月8日のことだった。 そして思った。しまった、と。 去年の8月8日。 あれは、自分も・・・そしてゴールドも忘れてはいけない事件だったのだ。 それを思い出したクリスは、一気に顔を青くしていった。 ――こうしちゃいられないわ!―― クリスはいきなり走り出す。 「ゴールド!!」 遠くの木陰の下でだらけているゴールド目がけて声をあげたクリスは、猛スピードでそこまで走り抜けていった・・・・ 練習後・・ 練習が終わり、最後のミーティングの時間となっても、イエローの様子に変わりは無かった。周りからは不思議に見ら れ、親しい友達には「どうしたの?」と聞かれるものの、やはりイエローは「いえ・・」と答えるだけ。 ミーティングで最後の挨拶をする時も、 「あ・・・・・今日は何もありません・・・・・」 と言っておしまいにしたほどだ。いつもは真剣な言葉をかけるのに。 更衣室に入ったイエローは、部活のジャージから学生服に着替えている所だった。背中に「POKEBATO」という大き いマークがあり、胸に「イエロー」という文字が白で書かれている黒いジャージを脱いでいる間にも、彼女の溜息は続 いていた。 「はあ・・・」 溜息の理由を知っているのか、はたまた知らないのか、周りの人々がイエローに話し掛けることはなかった。彼女の 周りには、なんとなく話し掛けにくい雰囲気があるのだ。 「はあ・・・」 また溜息をついたイエロー。 ふと、カバンの中から何かを取り出した。 それは、豪華にラッピングされた1つの箱。 「どうしよう・・・・・・・」 それを眺めながら、周りには聞こえないような小さい声で、イエローは呟いた。 そして、再びその箱をカバンの中に直し、背中にかけると、すぐに更衣室のドアを開けて外へと出て行った。 外はすでに日が落ちかけている。西の空には夕焼けがあり、その太陽から空は灰色に段々と変化していっている。 普段のイエローならこれを見て、「うわあ・・・綺麗だなあ・・・」と言うところだったが、今の彼女はそれを呆然と眺めて いるだけだった。何も言わず、ただ無表情に空を眺めている。 「はあ・・・・」 そして再び溜息をつき、ゆっくりとした足取りで帰路へとついていった。 学校・・ ほとんどのクラブが終わってしまい、学校の中には誰もいなくなってしまった。夕方となり、太陽も完全に沈みかけて いる頃だ。 だが、そんな学校の中、体育館へと登る階段の上で、何か話をしている男女がいた。 「・・・・・・・そっか・・だけどさあ~」 「文句は言わない。協力してあげましょうよ」 その2人とは、ゴールドとクリスだ。 「忘れたの?1年前のあの事を」 「いや、忘れてねえけどよ・・・・」 叱られるように言われたゴールドが、頭を掻いて悩み始める。 それを見たクリスは再び、「ゴールド!」と大きな声を投げかけた。 「・・・・・・よし!・・・・・・だけど、どうやって?」 「そ、それはまだ・・・・」 「なんだよ・・・・・じゃあ、どうっすかなあ~・・・・」 2人とも、真剣な顔で悩み始めた。 と、数分後、ゴールドが何かを思い出したように顔をあげた。 「あ、そういやさ・・・・・ゴニョゴニョ・・」 「ふんふん・・・・・え!?本当に!?」 「おう!だから・・・ゴニョゴニョ・・」 「それはいいわ!そうしましょう!」 話が終わると2人は立ち上がり、互いの手のひらを叩きあった。どうやら考えが固まったらしい。 そして2人共、物凄く明るい雰囲気で学園を出て行った。 イエローの家・・ 夜となり、ついに月が空を支配し始めた頃、自分の家のベッドでただ寝転がっていたイエローはやはり溜息ばかりを ついていた。夕食を済まし、食器洗いなどの家事は全て終わっている。学校の宿題や予習などもすでにやっており、 正直言って、やることが無かった。 やる事がないと考え事をしてしまうのが普通だろう。それはイエローも例外ではなく、ある程度までベッドで寝転がっ ていた彼女は、いきなり立ち上がった。 そして、カバンから取り出したのは、1つの箱。 それを持って、イエローはベッドに飛び乗って寝転んだ。 「はあ~・・・」 そして、また溜息を吐いた。これで今日何回目になるか、イエロー自身も分からなかった。 「どうやって、渡そうかな・・・」 そう呟くと、イエローは箱を眺め始めた。 直方体の形をした箱は赤色の包装紙で包まれており、アクセントとして金色のリボンもつけてある。 イエローはこのプレゼントを、レッドにどのようにして渡すべきか、というので迷っているのだった。 確かに普通に渡せば良いだけかもしれない。だけど、これまでの経験から言えば、『普通』に渡すというのは果てしな く難しい事だと、イエローには分かっていた。 なんだか、自分の頭にここ3年間の8月8日の思い出がよみがえってくるのを、イエローは感じた。 1年生の8月8日。 学園に入学して、最初の夏休みを迎えた時、いつも憧れていた先生が誕生日だというのを知り、どうしてもプレゼント が渡したくなってしまった。いつもクラブでお世話になってるし、何より好きな人物にプレゼントを渡したい、というのは 普通のことだ。 だから、クラブが終わった後、すぐにプレゼントを持って職員室に向かったのだ。 しかし、そこには目当ての人物はいなかった。他の先生に聞いてみても、知らない、と言うだけで、先生はまったく見 つからない。 探している途中、この前の社会の時間にその先生が「職員室は苦手でさ~・・いつも顧問やってるクラブの部室にい るんだよ」と苦笑しながら話していたのを思い出した。 ――そっか、ポケバト部の部室だ―― 先生が職員室にいないのなら、ポケバト部の部室にいる可能性が高い。 そう思って、自分もまた入部しているポケバト部の部室に向かった。 部室に入ると、思ったとおりに目当ての先生――――レッドは居て、机の上ですやすやと眠っていた。 レッドは、さっきまで部員のみんなに真剣な顔をしてアドバイスをしていた人物とは全く違っていた。穏やかで、子供 みたいな顔で寝ている。 それを見て、一瞬顔が赤くなるのを感じたが、イエローはすぐに気を取り直してレッドを起こそうとした。 声を掛けると、レッドはすぐに眠りから覚めた。途中までは寝ぼけた顔でいたが、次にこちらを見ると、驚いた顔で「あ れ?・・・え~とイエローさんだったけ?」と尋ねてきた。 その時は、自分の名前を覚えていたのが物凄く嬉しく、それでいて少し照れくさく、顔を下に向けたままでプレゼント を差し出した。その時渡したのは確かネクタイだ。 それを見たレッドは不思議な顔をした。まるで「何だ?」と思っているような顔だった。 そして少し考えた後、「・・・・あ!今日は俺の誕生日か!」といきなり声をあげたのだ。どうやら自分の誕生日を忘れ ていたらしい。 そして、「俺に・・・?」とプレゼントを指差す。自分にプレゼントを差し出しているのを、不思議に思っているような口調 だった。 その言葉に対し、緊張感で一杯だった自分の頭は、ただ首を縦に振る事しか出来ず、その後は何も言う事ができな いでいた。ただ部室の床だけを見つめるだけ。 しばらく沈黙が続き、一瞬「こんなものいらない」と言われるのかもしれないと思い、やっぱり渡すんじゃなかったと少 し後悔していた。 だが、その後悔は杞憂だった。沈黙の後、レッドは言った。 「さんきゅ!本当に嬉しいよ!」 同時に自分の頭を優しく撫でてくれた。 そのお陰で後悔など吹き飛んだ。ただ、頭を撫でてくれる感触に身を任せて、それを幸福に思えばいい・・・・・ はずだった。 そうやってハッピーエンドになるはずだと、当時のクラスの友達が自分を元気付けてくれたのだが・・・・ 現実は厳しかった。 放課後になって職員室に行ってもレッドはおらず、すぐに部室に向かった。 レッドは部室にいた。そこまでは友達の話の言うとおりだった。 そしてイエローはレッドを起こそうとした。 したのだが・・・・・ 「レッド先生、起きてください・・・レッド先生・・・・レッド先生!」 レッドはどうやっても起きなかったのだ。どれだけ身体を揺さぶろうとも、耳元で声を掛けようとも、目が開くことは無か った。この時のレッドは、たとえ水をかけたとしても起きなかったのだろう。それほどに彼は熟睡していたのだ。 どうやっても眠りから覚めないレッドに対し、これはもうしょうがない、と諦めてしまった。 そして、ネクタイの入ったプレゼントを机の上に置き、その隣には「誕生日プレゼントです。イエローより」と書いた紙を 一緒に置いた。 最後には後ろ髪が惹かれる思いがしながらも、そのまま部室を後にした・・・・そうするしかなかったのだ。 もちろん、その後にはレッドからお礼の言葉がもらえた。満面の笑顔で頭もなでてもらえた。 それはそれで嬉しかったのだが、やはり直接渡したかったという思いが大きかったのだ。 何故、彼があそこまで眠っていたか。 それはお礼を言ってくれた時にレッドが話してくれた。 彼によると、クラブがやっとのことで終わって部室の中で休憩していた時、机の上にあった青い液体が入っている紙コ ップに口をつけた。すると急に眠くなってしまったらしい。 その青い液体は、ある人物(この時、イエローはあまりこの人物のことを知らなかった。)が開発した新しい睡眠薬で、 それは、1滴飲むだけで5時間は眠ってしまうという代物だった。 これを、レッドは紙コップ1杯分を飲んだのだから、睡眠の量は何倍にも増えてしまった、というわけだったのだ。 こうして、1年生は直接渡せずじまいになってしまった。 2年生はある意味不可抗力だった。いや、偶然の中に必然があったと言うべきかもしれない。 2年生の夏休み、8月8日。 昨年の失敗をいかして、今度はクラブが終わった直後に渡そうとした。そうすれば、レッドが何か変な事に巻き込まれ はしないし、確実に渡す事が出来る。 クラブが始まった時は、プレゼントを部室に置いていった。今は校舎の中にある部室だが、当時は外にあった。そこに 置いていったのだ。 その時のプレゼントは誕生日のケーキだった。かなりの自信作で、見た目や匂い、味など、全て完璧だと自画自賛し ていた。 ただ1つの失敗は・・・・部室に置いていった事だった。 クラブが終わり、着替えを済ませてケーキを取りにいくため、部室に向かった。レッドは事前に「少しお話があるんでけ ど・・」と言って、呼び出してある。今度は変な出来事にも巻き込まれないはずだった。 意気揚揚と部室のドアを開けようとすると、部室の中で、カタン、と物音がした。誰かがまだ残っているのだろうか?と 思いながらも、ドアを静かに開け、部室に入った。 部室は、棚によって2つに分けられていた。ドアを開けると、奥の方は棚に遮られて見えなくなっていた。 そして、どうやら奥の方に誰かが残っていたようだった。 奥から「やめなさいよ、ねえ。誰かのものだったらどうすの?」と言う声が聞こえる。そして、その次には・・・・誰かが 何かを食べている音が聞こえた。 注意する声に聞き覚えがあったが、イエローにはそんな事よりも気になることがあった。 1人が、何かを食べているのだ。 不安にかられ、すぐに奥に向かうと、そこには2人の人物がいた。手前で注意していたのはクリス。いきなり現れたこ っちに驚いた顔をしていた。 そして、その奥で椅子に座っていた・・・・・・ 「・・・・ゴールド・・さん・・・・」 予想は的中した。 ゴールドは、プレゼントのケーキをそれは美味しそうに口いっぱいにほおばっていたのだ。 それは目にした瞬間、イエローの体は崩れ落ち、部室の床にと座り込んだ。 それを目にしたクリスとゴールドの2人は、不思議そうな顔していた。 「ゴールドさん・・・・それ・・・・・」 「ん?ああ、これか?なんかここに置いてあったから、誰かの差し入れだと思ってくっちまったぜ?」 ゴールドは何の邪気も無い、明るい口調で話していた。同時に、イエローの目には彼の口にクリームがついているの が目に入った。 そして、次の瞬間。 「・・・ハハ・・・・そうですか・・・」 そう言った途端に、イエローは倒れてしまった。頭に急に入ってきた衝撃的な情報に、身体がついていかなかったの だ。 そうして、ケーキはゴールドに食べられてしまい、イエローは倒れたのだが・・・・ ただ、次にイエローが目が覚めてからが、本当の修羅場だった。 ゴールドがたんこぶを作りながらイエローに土下座している姿があったり、 食べるのを止めなかった事を責任に思ったクリスが、近くで買ってきたらしいケーキを差し出していたり、 1時間以上待たせてしまったレッドに、何回も謝りつつケーキを渡しているイエローの姿があったり・・・・ と、凄い状況が生まれてしまったのだ。 無論、レッドは待たされた事を怒らず、イエローが2年連続で誕生日を祝ってくれた事を、すごく嬉しがったのだ が・・・・ やはり自分の造ったケーキを渡したかった、というのが本音だった。 だが、このゴールドがケーキを食べてしまったという事故は、偶然の出来事というよりも必然的なものだったに違いな い。 ゴールドは、美味しそうなものがあると必ず食べてしまう。そのことは、自分でも日々の経験で分かっていたのだ。 なのに、ゴールドが入るであろう部室に、ケーキを置いていてしまったのは・・・・明らかに自分のミス。プレゼントを渡 すということで浮かれすぎていたのだろう。 この時は、激しく後悔していた。 ※ こうして、1年生の時も、2年生の時も、ちゃんとプレゼントを渡す事はできなかったのだった・・・・・ ――なんだか・・・・・私って不幸・・?―― イエローがベッドの上でこれまでのことを思い返していると、今までレッドにちゃんプレゼントを渡した事があっただろう か、と疑問がでてきた。 しかし、誕生日以外は、ちゃんとプレゼントを渡していた記憶がある。 クリスマスやバレンタインなどは、ちゃんと手作りのプレゼントをあげたはずだ。 ただ、誕生日だけは違っている。誕生日だけは、レッドに対してちゃんとプレゼントをあげていないのだ。 たった2回の失敗なのだが、この2回によって、イエローは今、大いに悩んでいた。 今年もなんだか嫌な予感がしているのだ。 ――はあ・・・どうしようかな・・・―― 普通に渡せば、恐らく何かのトラブルがやってくる。日々トラブルが絶えないあの学園では、必ずそれは起こる。そう 確信していた。 ――配達はどうかな・・・・・?―― 直接渡すのが駄目なら、郵便などで送ってしまえばどうだろうか? そう思ったイエローだったが、それも駄目だ、と考え直した。 配達は確実に相手に渡るという保証が無い。自分の手で渡すのが1番だ。 しかし、それもまたできる可能性が低かった。 今年は8月8日にクラブの練習がないのだ。よって、学校でレッドに会うことはほぼ不可能。 そうなると、いくつかの方法が、イエローの頭の中で浮かんだ。 1、レッドの家に行く 2、郵便 3、呼び出す 1の、レッドの家まで行くというのはなんだか恥ずかしいし、だいたい、レッドの家の住所を知らない。これは却下だ。 郵便は先ほどの理由で却下。 なら最後は呼び出すしかない。一応、連絡用にレッドの電話番号は知っているので、不可能ではなかった。 だが、それにも問題はある。 ――どこに呼び出せばいいんだろう・・?―― 呼び出すにしても、その場所が思いつかなかった。 公園などは、わざわざプレゼントを渡すためだけにそこに呼び出すということになるので、なんだか変だ。 自分の家にまで呼ぶという方法もあるが・・・・・これは最初から駄目だ。そんなことをすればかなり緊張してしまう。プ レゼントどころではないだろう。 なら、一緒に遊びに行って、その帰りにでも渡すと言うのはどうだろうか? これはいいかもしれない、とイエローは思った。これなら緊張する事もないだろうし、その場の雰囲気で渡す事もでき る。可能性が一番高いのは、この方法だろう。 だが・・・・ ――今自由に使えるお金って・・・・・・・・500円しかないんだよねえ・・・・・―― 現在、仕えるお金は500円。 これはまずかった。 今までの経験からいって、夏休みの休日に遊びに行くための費用はこれの4倍は必要になってくる。 いちおう1人暮らしをしているイエローには、親に小遣いを貰うこともできないし、親から貰っている生活費から出すこ ともできない。そんなことをすれば、今月の生活にも関わる。 親は今、父方の仕事の関係で他の地方に行ってしまっている。あちらの方も、結構お金に関しては厳しい状況らし い。 そんな親に、お金をくださいと言うのも、なんだか気が引ける。 ――・・・・・・はあ―― お金もなければ、直接家に行く度胸も無い。 どうしようもない。お手上げだ。 ――ああ・・・もう、どうしようもないのかな・・・―― イエローの頭に、やはり今年もちゃんと渡す事ができないのだろうか・・という思いが浮かび始めていた。 そんな時、急に電話が鳴り出した。部屋中に、電話から出るメロディが鳴り響いている。 急いで電話の方に向かって、ディスプレイを見る。そこに表示されているのは、「クリスさん」という文字だった。 イエローは、いそいで受話器を取った。 「はい、イエロー・デ・トキワグローブです」 『あ、イエローさん?』 「はい、クリスさんですよね?どうしたんですか?急に」 『ええ、今日はちょっと話が・・・・というより提案なんですけど・・』 「え?」 この1本の電話が、イエローを救い出す事になるのだった。
https://w.atwiki.jp/kiyotaka/pages/4.html
イエローの学園天国
https://w.atwiki.jp/kiyotaka/
メニュー トップ 小説 掲示板 リンク
https://w.atwiki.jp/a-life/pages/18.html
LOST HEAVEN/L Arc~en~Ciel (映画 劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者 ED) This world is yours/プリングミン (TVA 銀魂 ED10) 日曜日の太陽/THE NEUTRAL (TVA なるたる OP) 決意の朝に/Aqua Timez (映画 ブレイブ ストーリー 主題歌) 風さがし/清浦夏実 (TVA スケッチブック ~full color s~ OP) 風がなにかを言おうとしてる/コウ(早見沙織) (TVA 我が家のお稲荷さま。 ED1) 僕らのキセキ/石田燿子 (TVA ああっ女神さまっ それぞれの翼 ED1) ハルモニア/RYTHEM (TVA NARUTO -ナルト- ED2) 風になる/つじあやの (映画 猫の恩返し 主題歌) ぼくらの時間/eufonius (TVA フタコイ オルタナティブ ED) ガーネット/奥華子 (映画 時をかける少女 主題歌) IF DREAMS CAME TRUE/河井英里 (映画 劇場版 AIR ED) きみのこえ/川嶋あい (映画 雲のむこう、約束の場所 主題歌)